第55話 千沙の視点 頼られて仕方なくなんですから

 「千沙ぁ、トラク――――」

 「断ります」

 「まだなんも言ってないけど?!」


 現在11時21分。私は南の家で朝食を終えから東の家に引きこもろうとしたとき、中庭でお父さんに話しかけられました。どうやら私に機械を見てもらおうと頼んできたようです。


 言いかけたのはきっとトラクターのことでしょう。トラクターとは別名、牽引自動車と呼ばれ、私の家では農業機械として使っています。牽引自動車ですからこのトラクターの後ろに色々な農機具を取り付けて効率良く作業します。


 「なんかオイルランプが点灯しているんだけど」

 「断っているのに続けないでください。.......ったく、仕方ありませんね」


 まぁなんだかんだ言っても結局は機械を見てあげる私なんですが、機械の修理は本当に面倒ですね。


 と、そこにぽつぽつと空から水滴が落ちてくるのを感じました。雨ですね。まぁ倉庫の中で作業するので天気はあまり関係ないですが。


 「あちゃー降ってきちゃったよ。午後からだと天気予報は言ってたんだけどなぁ」


 私は空に文句を言うお父さんを他所にさっそく倉庫に向かいました。


 倉庫に着いたら、トラクターがオイルランプが点灯する原因を探るためあれこれします。点灯する理由はもしかしたら油圧自体に問題があるのかもしれません。原因はいくつかあり、面倒この上ないです。


 「困りましたね。原因が分かりません。これでは時間がかかります」


 私はため息とともに作業を続けました。1時間は経ったところで、諦め昼食を摂りに南の家に向かいます。はは、朝食からそんなに間もなくお腹が空いてきました。燃費の悪い身体ですね。


 倉庫から外に出るとまだ雨は降っていました。家に着き、リビングに行くと陽菜以外の皆さんが昼食を摂っている最中でした。


 「昼食をいただきに来ました」

 「あら、千沙さっき朝食摂ったばかりじゃない」

 「はは、千沙そんなんだと太っちゃうぞ」

 「ちょ、父さんデリカシーなさすぎ!」


 本当にデリカシーなさすぎです。最近気にしてるんですから、もっと気を遣ってほしいものですね。それでも私は昼食を普通に摂りますが。ちなみに昼食は焼きそばです。


 陽菜は部活ですね。こんな暑い中、よく頑張りますね。私の妹とは思えませんよ。


 「高橋さんは?」

 「昼食はあっちで摂ってるのよぉ」


 昼食は東の家で、朝食と夕食は南の家ですか、大変ですね。遠慮なんでしょうか。いやプライベートの時間ってやつでしょう。四六時中、中村家のバカ騒ぎに突き合わせてしまっては発狂しますからね。


 「雨が降ってるのよねぇ。午後の仕事は延期かしらぁ」

 「まぁ急ぎの仕事はないし、直売店に出す野菜は明日とっても遅くないからね」

 「じゃあ高橋君には何時間か休憩をとってもらう?」


 さすがに雨が降ってしまっては外の仕事はできそうにありませんね。


 「そうねぇ。.......千沙、彼にそう言っといてもらえない?」

 「え、私ですか?」

 「だってあなたまた東の家あっちに戻るのでしょう? ついでよぉ、ついで」

 「はぁ」


 彼に近づくとなんかしらハプニングが起きそうで少し気が引けるんですよね。ま、前だって胸と尻触られましたし。


 私は昼食を摂り終えてから、東の家に戻り、高橋さんがいる部屋に行きました。引き戸をコンコンと叩いて知らせます。


 「千沙です。今日の午後の仕事は雨のため、しばらく様子見らしいです」

 「お、おう千沙か。わかった、ありがと」

 「っ?!」


 彼が部屋から急いで出てきて、端的に説明した私にお礼を言いました。上半身裸の短パンで。


 「だからなんで裸なんですか?!」

 「だ、だって部屋だからいいじゃん」

 「なら声だけで返事すればいいでしょう!」

 「それはなんか悪いかなって......」

 「こっちの方が悪いですよ」


 ほ、本当にこの人は。恥ずかしくないのですか? その筋肉は見せるために作ったんでしょうね。変態ですよ、変態。


 「はぁ.....私はちゃんと伝えましたからね。ゲームが私を待ってるので、これで失礼します」

 「お、ゲームやってんの? なになに、なんのゲームよ」

 「最近買ったマルオカートですね」

 「あの新作の?!」

 「ええ」

 「いいなぁ。俺もアレ欲しいんだよなぁ」


 彼が羨ましそうにしています。今作のマルオカートは8人同時プレイ可能です。.....まぁ私は基本ソロプレイで関係ないですし、姉さんも陽菜もゲームには興味ありませんからね。


 寂しかったのか、そんな私は彼につい、


 「.............よかったら一緒にやります?」


 誘ってしまいました。


 「え、いいの?」

 「ええ、対戦プレイは面白いと思いますし」

 「俺もしばらく休憩だから願ったり叶ったりだけど」


 彼はそう言って、私についてきて2階の部屋に向かいます。もちろん服は着せます。プレイに集中できませんよ、ガチムチが隣にいるなんて。


 部屋に着くと彼が、


 「こ、これが女の子の部屋かぁ」

 「...........やっぱ帰ってくれません?」

 「なんでだよ?! 吸ってないだろ!」

 「本当に帰ってくれません?」


 人の部屋に入ってスゥハァしようとするなんてこの人、頭大丈夫ですかね。心配なんですけど。


 「はい、コントローラーです」

 「基本ソロのくせによく複数あるな」

 「よ、予備ですよ!」

 「へぇ3つもかぁ。もしかして姉妹で、とか期待し―――」

 「レーススタートです!!」

 「あっ、ちょ!!」


 後悔し始めた私ですけど、これで良かったんだと思えるようになるのを今の私はまだ知らないでしょう。

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