第54話 筋肉はたんぱく質を求める

 「高橋、お邪魔しまーす」

 「今日のご飯は..............匂い的にハンバーグですかね」


 先ほど電球を変えてから俺と千沙は夕飯を摂るため、南の家に来た。


 「二人共、お疲れ様ぁ。一緒なんて珍しいわね。今日はラム肉の焼き肉よぉ?」

 「高橋君は俺の隣ね、かもん」

 「千沙姉、今日は時間通り来れたね」

 「高橋君、たくさんおかわりあるからじゃんじゃん食べてね?」


 すでに真由美さん、雇い主、陽菜、葵さんが席についていた。テーブルにはカセットガスコンロとその上に焼き肉用プレート、そして大量のラム肉が皿に並べてあった。


 おい、千沙。どこがハンバーグだ。動物自体ちげーじゃねーか。どっちみち超うまそうだけどさ。


 「で、どーしたのよ? あんた右頬」

 「.......気になる?」

 「そりゃあなるわよ」


 素直に千沙の胸触った結果ですとは言えないバイト野郎。俺は千沙をチラッと見ると、あちらは知らぬ存ぜぬで口外するつもりはないらしい。


 ここは別に漫画やアニメの世界じゃない。次のコマやシーンで怪我が治るような不思議現象はあり得ない。


 葵さんも心配そうに俺に聞く。あー揉みしだくなら、葵さんのが良かった。めちゃくちゃ強引にいけばもしかしたら「しょうがないなぁ」で済ましてくれるかもしれない。


 そんなこと言われたら、2秒後にはル〇ンダイブ確定である。


 「一応先に手当する? 高橋君」

 「ありがとうございます。でも、ほら食べましょ。お腹空きました」

 「あ、わかったわ。千沙姉にやらてたんでしょ?」


 こういう時お前の余計な勘は嫌いだよ。


 「はぁ....。ええ、そうです。私がトイレの電球を変えている時に体勢を崩したんですが、高橋さんに助けてもらい、代わりに怪我を与えてしまったのですよ」


 良かったぁ。胸キャッチを言われなくて。お礼と言っちゃなんだけど、今度俺のも揉んでいいよ、千沙。無料オプションだから。


 「娘を助けてくれてありがとう高橋君。その怪我は男の勲章だよ」

 「はは。それは光栄です」

 「.......調子に乗らないでくださいね? 高橋さん」

 「はい、すみません」


 結果はどうあれ千沙の胸を揉んだんだ。反省しよう。千沙のおっぱい、略してちっぱい。ごめんね、これでも反省してるんだよ。


 「千沙は無事なのね.......」


 真由美さんがほっとする。なんというか、過保護過ぎじゃないだろうか。娘を大切に思うことはいいと思うけど、肝心の本人がこれだ。


 「お母さんは心配し過ぎです」

 「ごめんなさいね」

 「.......。」


 思春期特有の“親ウザし”が発動中である。まぁ、熱中症で娘の命が危険になったんだ。敏感になるのも仕方ないのかな。


 いやーウチの価値観だとダメだね。「ウチはウチ。他所は他所」都合のいい時に言う親のセリフだ。俺もテストの点低いとそれは言われず、友達とのお小遣いの優劣さを語るとそれを言われる。理不尽この上ない。


 「お、焼けてきたな」

 「はい、和馬。これ小皿」

 「あんがと」

 「姉さん、タレ取ってもらってもいいですか」

 「はい。辛口だよね」

 「あらいけない。換気しなくっちゃ、部屋が臭っちゃう」


 中村家は賑やかで本当にいいな。しかしラム肉か。滅多に食わない上に、独特な味がするから焼き肉としては新鮮な気持ちである。聞いてみよ。


 「なぜラム肉なんですか?」

 「牛肉や豚肉の方が良かったかしら?」

 「いえ、そういう訳ではありませんが。好みなのかと気になりまして」

 「あぁ、この人がね? ラム肉好きなのよぉ。あと葵もよねぇ?」


 へぇ、以外。正直、雇い主の好みはどうでもいいけど、葵さんの好みを知れてよかった。


 「私はあまり好きじゃありませんね。臭みがありますし、牛や豚の方が好きです」


 贅沢な奴め。まぁそうだよね、牛肉や豚肉を差し置いてラム肉が好きって言う人はあんまいないよな。

 

 「私もー。後味残るじゃん? まぁ美味しいっちゃ美味しいけど」


 なに二人も不評な人いるの? 陽菜も千沙もまだお子ちゃまですねー。


 「おいおい、いいのか? そんなこと言って」

 「「?」」


 雇い主がニヤニヤしながら言う。急にどうしたの?


 「スーパーに行ったときに、ラム肉を食べたいって決めたのはだぞ」

 「「えっ?!」」


 葵さんを見るとすごく申し訳なさそうに下を向いていた。はは、やったな二人共。選んだ人が大好きなお姉ちゃんなのに、味覚に文句言っちゃったもんな。


 「ごめんね、二人共。たまにはいいかなぁって思って。次からちゃんと相談します」


 二人に謝る葵さん。可哀想に。こんな妹たちの姉なんかやめて、俺の嫁...じゃなくて穴になりません? じゃなくて姉だ。もう完全に性的な目でしか見てない証拠だわ、俺。


 「あああ葵姉は悪くないよ! わーすっごくおいしいこのラム肉ー」


 棒読み。お前は演技下手だなぁ。


 「この世から牛と豚、ついでに鶏肉なんか消えちゃえばいいのに。そう思いません? 高橋さん」


 俺に振るなよ。しかも言い過ぎ。ラム肉以外の肉を否定したところで遅いからな? なに「ついでに鶏肉も」って。何様だ。


 いやぁこの二人の手のひら返しはすごいなぁ。雇い主はというと、


 「はは。これでラム肉が晩御飯の選択肢に入ってくるね」

 「あなたは娘を庇うことしないのねぇ。父親としてそれはどうなのかしらぁ」

 「いや葵には悪いがここは心を鬼にした」

 「こんなことに心を鬼にしないでほしいのだけれど.......」


 したり顔で言っていた。ラム肉が肯定されたんであって、あんたはきっと否定されたまんまだったぞ。葵さんに感謝しろよ。


 「た、高橋君は苦手?」

 「いえ、普通に好きですよ? 独特な臭みも後味も。タレや塩では隠せない素材本来の味ってやつが美味しいですよねー」

 「うっわ高橋さん、自分だけせこいですよ」

 「和馬、私たちに先言わせといて後から都合のいいように話さないで! 見損なったわ!」


 人聞きの悪い。勝手に見損なってろ、俺は普通にラム肉好きだぞ。葵教に誓って。もちろん主は葵さんね。


 「それに」

 「「「「「?」」」」」


 「低カロリー、高たんぱく質で筋肉にいいし」

 「「「「あぁ、なるほど」」」」

 「だよね!! 筋肉にいいよね! 高橋君に気に入ってもらえると思ったんだぁ」


 .......本当に筋肉好きですね。そこら辺のマッチョにホイホイついていかないか不安です。


 「ささみとかも好きかな?」

 「そーですねー」


 「やっぱり食前に筋トレなの?」

 「そーですねー」


 「普段どんなことやっているの?」

 「そーですねー」


 中村家の夕飯は今晩も賑やかであった。

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