閑話 千沙の視点 たった1回、されど1回

 「千沙、ここからトウモロコシの収穫をお願い」

 「はい!」

 「ふふ、元気ねぇ」


 これは当時10歳の私の記憶でしょうか。


 この日、お母さんと私はトウモロコシ畑でトウモロコシを収穫していました。


 『プルプルプルプルプル』

 「あら誰かしら? .......あなたじゃない。どうしたの?」

 『悪い、“鳥町”まで迎えに来て欲しい。トラクターが昨日の大雨の泥にハマって動けない』

 「しょうがないわねぇ.......千紗、悪いけど少しここを離れるわぁ」


 「頑張ります!」

 「お願いね? すぐ戻るから」


 お母さんは、そんな父さんを迎えにここから離れようとします。私も次女です。姉さんみたいに頑張らないとって意地を張りました。


 当時、今みたいに夏の季節で8月だったと思います。凄く暑くて、汗が止まらなかった記憶は鮮明に残ってますね。


 「くらくらしてきましたぁ」


 ちゃんと水筒を持ってきていましたし、水分をとれば平気だと思ったんでしょう。日陰で休まずに収穫を続けていました。


 そして案の定、私は倒れました。いわゆる熱中症です。


 「ママぁ.......パパぁ.......」


 場所が行けなかったのか、当時今よりも全然身長が低かった私は、茎が2メートルまで育ったトウモロコシ畑の中に倒れました。


 「千沙ぁ? どこなのぉ?」


 こんな小さな私なんかトウモロコシ畑に埋もれて、見えるはずもないのにお母さんが私を探していました。


 「ま、ママぁ..........」


 近かったのか遠かったのかわからない、お母さんの声が聞こえます。お父さんを迎えに行って家まで送り届けたのでしょう。


 小さい声の返事しかだせず、ただただ横たわっている私。


 「千沙っ?!! どうしたの?!」


 悲鳴にも似たお母さんの声。私を見つけて、走ってきました。普段は冷静で大人しく、すごく優しいお母さんの顔は、今までに見たことがないくらい取り乱していました。


 あの顔はもう二度と見たくありません。






 「千沙! 大丈夫?! お母さんが分かる?!」

 「.....ま、ママ?」

 「よかったぁ目が覚めてぇ」


 私は気が付くと病院のベッドで横になっていました。隣にはお母さん、お父さんが居ました。大人なのに、親なのに私に抱き着いて泣きじゃくるお母さんと心配そうな顔をするお父さん。


 もう見たくない顔、聞きたくない声でした。


 聞けば、本当に命に関わるほど重傷で、あと少し対応が遅ければ危なかったらしいです。だからなのか、両親の私に対する扱いが変わったのは。


 「ち、千沙はいいのよぉ? 仕事はいいから家に居てちょうだい」

 「で、でも千沙はまだできます!」

 「そ、そう? 無理はしないでね」


 次の日も。


 「千沙、大丈夫? だるくない? 水分とっているかしら?」

 「へ、平気です」

 「そう? 体には気をつけてね」


 お父さんだって、


 「千沙、できる仕事はないから、もう戻ってなさい」

 「.....はい」


 1度倒れたから。命の危険になったから。両親は私には手伝って欲しくないと思えるくらい、私を仕事から遠ざけました。


 私は家族の役に立ちたいのに、私がいると仕事を増やしてしまいそうで、気づけば私はまったく家業を手伝わなくなりました。誰も何も私に頼まない。そんな日々が続いてました。


 無力な自分が嫌いになるくらい、あの日のことを後悔しています。そう、今もずっと、そしてこれからもです。

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