閑話 陽菜の視点 後悔したって遅い

 農家うちでアルバイトに来ている、高橋 和馬に悩みを打ち明け、解決にまで至ってからもう1カ月が経とうとしている。


 そうやって協力してくれた彼は私より1つ年上なのに敬語で話してくるため、こっちから普通に話してと言ってみた。口調が大幅に変わったけどなんか距離が縮んだ感じがして嬉しかった。


 と、友達としてね!


 ちなみに今日は部活があったけど、そんな彼と家業を手伝うほうが、最近少し、そう、すこーーーーしだけ楽しくなっちゃって、サボってしまった。あんなに熱があったのに.........。


 少しくらい良いわよね!


 「5月ってこんな暑かったかなあ? うっわ、汗かいてるじゃん俺。臭って葵さんに嫌われたりでもしたら堪ったもんじゃない」

 「ちょっと近くにいる私じゃなくて、なんでここに居ない葵姉のこと気にしてんのよ」

 「あ、ごめん」


 こいつ! せっかく部活サボってまで一緒に仕事手伝ってあげようってんのに、他の女性の名前を!


 そりゃあ、葵姉は私でも“非の打ち所がない理想な女性”だと思えるけど。


 「今日は日曜日で普通に部活あるんじゃないか? なんというか、この前あんな話していたから、部活を優先するとか決意してたじゃないか」


 あ、さすがにこいつと一緒に仕事しすぎたかも。土日に部活あるって言っといて、行ってませんは疑われるかもしんない。べ、別にあんたと居たいわけじゃないから。変に誤解とかされたくないし。


 「べ、別に? 『私のしたいことをする』って言ったじゃない? 今日は家業を手伝う気分なのよ。第一、最近部活でラケット降りすぎたから、手に豆ができて痛いもの。今日はお休みよ」


 嘘よ、豆なんかないわよ。手のひらなんてそう見せるもんじゃないし、バレない、バレない。言及されなければ。


 彼は疑ってないのか、何も聞いてこない。むしろ仕事に夢中である。信頼されてるのか、興味ないのか.....後者ならば少し寂しいわね。


 そんな彼が不意に聞いてくる。


 「なあ、千沙さんってどんな人なの?」


 こいつ、ほんっと私のこと興味ないのかしら? 胸がないから? 断崖絶壁だから?


 ぶっ殺そうかな。


 「またその話ぃ? ここに素敵なレディがいるのよ? 普通、他の女性の話するかしら?」

 「別に付き合ってないんだし、そんなこと気にしてんですか? 先輩?」


 つ、つつつ付き合ってとか急に言ってこないでよ! それ系、敏感なんだから!


 「わ、わかってるわよ、そんなこと! 誰があんたなんかメガネを彼氏に選ぶってんのよ! いないわよ、そんな奴!」

 「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないか。気にしてるんだぞ!」


 あっ、ついでにアレ訊いちゃお。


 「そういえばあんたちゃんと高校デビューできたの? 彼女いないの?」

 「お、おまっ! 気にしていることバンバン言いやがって!」

 「あ、居ないんだ。ほっ....じゃなくて、くすくす(笑)」

 

 やったぁ! こいつ彼女いないわ!


 って、違う違う。なにが やったぁ! よ、私。


 これは、あれよ。そう、近くにリア充とかいたら、気が散るから、これからの私の精神維持のための確認よ!


 そうか、和馬、彼女いな―――


 「そういうお前はどうなんだよ?」


 なっ、居るわけないでしょ! 家業と部活の悩みずっと抱えてきたんだからいるわけないじゃない。


 「え、わ、私? 私はいいの――」

 「まさかいないわけないよなぁ? あれだけ言ったんだ。彼氏いて、自分は学生生活満喫してますくらい言えるよな?」


 ぐっ。ここまで言われたらちょっと、むきになっちゃうじゃない。


 「はっ! 人のこと言えなかったな!」


 このドヤ顔、うざいわね。


 「..................るわよ」

 「は?」

 「いるわよ! あんたと違って彼氏くらいいるわよ!」 

 

 なに言ってんの私ぃぃぃぃいいいいいいいいいい!!!!!


 まずい取り消さなきゃ。あっ、いやでも言い辛い。時間が勝負なのに、今なら冗談で済むはずよ! さぁ私、ごめんなさいの一言を!!


 「な、なら証拠写真くらいあるよな? カップルなんだし」

 「ちょっと待ってなさい」


 ないよぉ。なに「ちょっと待ってなさい」って。もうだめだぁ。とりあえず私はスマホの写真フォルダの中それっぽいのを探す。


 あっ、あったぁ!


 「ほ、ほら! これが証拠よ!」

 「なっ!」


 去年の文化祭の時の“買い出し班”の4人組、ちょうど男女2人ずつでいい感じに撮れている。これで安し......んなんてできないわよ!


 冗談なのに、どーしよ。信じないで! 証拠らしきもの見せといてなんだけど、信じないで!!


 「....そうか、そうなんですか。彼氏いるから俺のこと馬鹿にできるのか」


 信じちゃった。あんたの眼鏡役に立ってないわよ! あぁもう駄目だ、耐えらんない!


 「い、いや、まぁごめん。これ冗―――」

 「謝るな! お前にはその資格があった。それだけだ。リア充目め」

 「.........。」


 彼が仕事に戻る。今にも消えそうな火を虚ろな目で眺めて。


 .....ん? 待って、彼、もしかして“リア充が嫌い”というよりも、証拠見て落ち込んだってことは―――


 私のこと好きだった?


 そ、そそそそそれならどうしよう?! 私に彼氏居たらそりゃあ傷つくわよね!


 え、どっちなの?! いったいどっちのことで落ち込んでるのぉぉおおおおお!


 私は私がした過ちを深く後悔した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る