第11話 バイト野郎とセクハラ

 「あっついすね!」

 「そうだねぇ。無理しない程度にがんばろ」


 天気は晴れ。五月ももう終わりになろうとしている。春から初夏への季節がうつり替わろうとしているから暑いのもわかるが、汗をかいてしまうのはあまり好きじゃない。


 「葵さんは暑いの....っていうか夏が好きですか?」

 「うーん、たしかに寒いのよりはこういう季節のほうが好きかも」

 「自分も夏大好きです!」


 嘘です。大嫌いです。汗かくのとか、虫とか、花火大会でうじゃうじゃ湧いてくるバカップルどもを見るのも。

 

 あ、でも葵さんの汗かく姿は好きです。汗で前髪が少しまとまったりとか、もうハサミでチョッキンして家宝に末永く保存したいくらいです。ぐへへ。


 「水分補給はしっかりとね? 夏じゃないからって油断していると、即、バタン、だよ?」


 即、ばっきゅんです、心に。どっかの雇い主と違って俺本体を気遣ってくれる葵さんマジ女神。


 まぁしっかしほんと暑いな。夏はもっとやばいのかな。


 現在の気温をスマホのアプリで見ると24度とまさかの20度越え。そろそろ夏用の作業着とか衣替えにいいかもしれない。


 ぜひ葵さんにはビキニで仕事していただきたい。ビキニ奢るんで。


 今、俺と葵さんは夏、8月に収穫できるよう、スイカの苗を植える作業をしている。ほんと何でもやっているな。


 ちなみに雇い主は俺たちをここへ送ってから帰ったので、ここには俺たちしかいない。


 「これがスイカになるなんて想像できませんよ」

 「ふふ、そうでしょ? 最初はどんな苗見ても収穫時が想像できないよね」


 スイカの苗はこれで数か月したら本当にあの大きいスイカになるなんて思えないくらいだ。


 「結構大きくなるんだよ? スイカって。うちは予約以外、直売店で売る分は全部切って出すけど。」


 そうですね。スイカみたいですね。まぁ実際スイカサイズなら人間やめているが、例えとしてはスイカは及第点。口いっぱいに頬張りたい。


 今日の俺、セクハラが止まらないんだがどうしよう。


 「ところで高橋君はスマホなの?」


 アイム ノット スマホ。わかってます、“先生、トイレ”の類ですね?


 「ええ、スマホはアンドロメダですが」

 「へぇそうなんだ。......ちなみにガラケーってどう思う?」


 「ガラケーですか? まぁ高齢者が使うイメージですね。若者の持つものじゃないですよ、あんなの」

 「こ、高齢者......」


 「はい?」

 「い、いや、なんでも! ささ、早く終わらせよ!」


 どうしたんですか葵さん。変ですよ。ガラケーがなんなのかよくわからないが、きっとどうでもいい話なんだろう。 


 「しっかし広いですね? このマルチシートから次のマルチシートまで間隔が20メートルくらいある気がします」

 

 話を聞くと実際、マルチシートとは横幅1メートルの縦は15メートルくらいの黒い長めのシートである。ここに適度な感覚で穴をあけ、その穴以外からは雑草が生えてこない仕組みらしい。当然その穴にはスイカの苗を植える。


 「意外とこんなに広くても全部埋まっちゃうくらいスイカの茎って伸びて広がるんだよ? 8月が楽しみだね」

 「ええ、楽しみです」

 「無事スイカたちを収穫まで守るにはちゃんと整備をしないと、収穫量が予定の半分以下になっちゃう。気をつけなきゃ」


 そう、スイカは育てていくのにリスクがやたらと多い。日焼け、鳥獣被害、はたまたスイカ泥棒まで。自然、鳥獣、人間と敵だらけなのである。気をつけねば。


 そう、俺と葵さんとの間にできた子供スイカを守らねば。


 「あとは私が植えとくから、高橋君はお願い」

 「うす」


 だから俺と葵さんはスイカを植えるだけじゃなく、スイカ畑周辺にネットを設置し、頭上には間隔50センチで糸を端から端まで張る。これによりまず鳥獣被害を抑える。これがメインの守備だ。


 日焼け対策は実がなってから考える。


 あとは盗人ぬすっとなんだが、これはもうお手上げだ。


 人だから防護ネットをしても破られて簡単に侵入される。怖いのはその盗人がを覚えてしまうことだ。


 無論、スイカに限らず、野菜を盗んでも証拠はないのでまず警察は頼れない。畑なので電気が通ってないてため、監視カメラなど設置できない。できないこともないが資金面に大打撃である。


 盗もうと思えば、次もその次もこちらの苦労を知らず、どんどん持っていくのが本当に困りものだ。くそ、俺と葵さんの愛の結晶だぞ!


 現状の対策は、深夜は難しいがちょくちょく畑に見回りに来ることくらいである。


 とりあえず、バイト始める前に雇い主から教わったネットの張り方を思い返す。


 俺は畑の周囲にネットを張るため、四隅と畑の縦横一辺に適度な感覚で鉄製パイプを大きなハンマーを使い打ち込む。


 鉄製パイプは長いもの2メートルと、短いもの1メートルがあり、まずは身長的に短いほうを半分以上打ち込む。そんで長いほうをくっつける。これが1セット。予定では計10セットの予定。腕死ぬわ。


 「この打ち込むハンマー、モ〇ハンのやつみたいにでかいな」


 これ、おっも。雇い主からやり方教わっただけじゃうまくできんよ。しかも今は居ないが、さっき見せてくれた肝心の見本が―――


 「いいかい高橋君、こうして、こぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」


 という相変わらずであって、想像のまんま。


 「んっ! ふっ! あれ、まっすぐいかないなぁ」

 

 むずいな。斜めにパイプが刺さっちゃう。


 「えっとね、私やってみるよ。ハンマー貸してみて」


 と、そこへもう植え終わったのか、葵さんが俺にハンマーの使い方を教えてくれるらしい。


 「よいしょっと。せぇい、やっ!!」


 なにそれ可愛い。じゃなくて。


 お、おお! が揺れる! 大地震だ! 震度6! じゃなくて。


 ああ、もう、くそう!


 「う、うーん、うまく刺さんないね」

 「コツとかあるんですかね」

 「いやぁ、私これやってことないからわからないや。ごめんなさい」

 

 ならなぜやった。ただの可愛い仕草なだけで何も意味をなしませんでしたよ。


 「い、いえ。むしろよく初見でやろうと思いましたね」

 「いつも父さんがやってるんだけど、『女の子は力作業はやるな』って。だからやってみたくなっちゃった」

 「さいですか」

 「もっかいやってみるね!」


 そうか、そりゃこんな可愛い娘に肉体労働なんか強いれないよな。やったことないなら、やってみたくなるものなんですね。わかりますよ、その気持ち。


 「せぇい、やっ!!」

 

 と、葵さんの胸元からがボトっと落ちた。

 ブラジャーか! ブラジャーなのか! ぶら―――


 「..................。」


 黙る俺。


 え、これって..................あれじゃん。


 俺は葵さんを見る。本人は落としたことにすら気づいてない。

 

 「う、うまくいかないよぉ」

 「葵さん、あのぉ、、落としましたよ」

 「え? あぁ、ありが..................と」

 「「..................。」」


 静かな田舎。若い男女二人。そしてそんな二人を沈黙させた

 

 田舎はどう足掻いたって静けさを取り戻す、不思議な場所だと改めて思い知った。

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