第3話訪れた運命の日

 オレ、木村きむら いつきは普通の男子。

 運動や勉強の成績は普通で、見た目もパッとしない中学生……。


 いや、今日の入学式から、オレは“高校生”だ。


「よし、今日から心機一転、頑張るとするか!」


 いつものように朝の準備を終えて、オレは家の玄関を出ていく。

 アパートの戸締りをして、階段を降りていく。


「……あっ」


 階段を降りきる前。

 アパートの建物の陰にいた見慣れない制服、ひとりの少女が目に入る。


「あっ……芽愛めい……」


 思わず声をもらす。

 待っていたのは、真新しい高校制服姿の幼馴染。


 もしかして高校初日も途中まで、一緒に登校してくれるのだろうか?

 まさか、今日も待っていたとは思ってなかった。


 ――――いや、正直に言おう。


 芽愛めいが待っていることを、オレは願っていた。


 昨日の夜から、ずっと願っていたのだ。


 すごく嬉しい。


 ふう……でも、深呼吸。


 顔を合わせる前に、この浮ついた気持ちを落ち着けよう。

 いつものように挨拶をしないと。


芽愛めい、おはよう!」


「おはようです、いつきくん。今朝も相変わらず、寝癖が絶望的ですね」


 今日も変わらず芽愛めいは、朝から真顔で辛口だった。

 でも悪意はなくオレにとっては、どこか心地よさもある。


 浮ついた心を抑えつつ、いつものように会話を心がける。


「えーと、今朝も……高校の入学式にも、待っていてくれたんだね、芽愛めい?」


「べ、別に待っていた訳ではありません、どうせいつきくんは高校でも一人ぼっちで、灰色の青春時代を送るので、この女神様のように慈悲深い私が、せめて小学校の通学路の途中まで一緒に歩いてあげるだけです!」


 いつもの数倍の辛口で、芽愛めいは一気に説明してくる。


「そっか……ありがとう」


 その言葉を聞いて、不覚にも胸がギュッとなってしまう。

 オレが片思いしている辛口な天使様は、高校生活でも変わらず天使だと安心した。


「む、そんな捨てられた子犬のような顔をして同情はしませんよ。それといつきくん、制服のえりが乱れているので、直した方が良いですよ。他に取り得がないのですから、せめて制服だけでキレイにしておかないと駄目ですよ」


「あっ、ありがとう」


 急いで制服の襟を直す。

 朝バタバタ準備してきたら、うっかりしていたな。


 よし、これでオレの準備がいいかな。

 キッチリした幼馴染と一緒に歩いても、大丈夫ようにしないと。


 そう思い、ふと芽愛めいの制服に視線を向ける。


(うっ……可愛い……中学の制服姿も可愛かったけど……この高校の制服は、何倍も可愛いな……)


 思わず目を奪われてしまう。

 先月までの中学の制服は、どちらかといえば真面目な感じのデザインだった。


 だが高校制服は一気に大人っぽいデザインに。

 上は紺色の制服で、下は赤がメインのチェックのスカート。


 可愛い系の顔の芽愛めいに、凄く似合っている。

 短めのスカートから伸びた、真っ白な足が眩しい。


「む、いつきくん、高校でも私のことをガン見してくるのですか、今の目は性犯罪者も顔負けでしたよ、特に私の足を舐めまわしていた時の目は」


「いや……ごめん。あんまり芽愛めいの制服姿が似合っているから、思わず見惚れちゃって……」


「うっ……言い訳がついに変質者レベルまで上昇していますね、これは高校生活でいつきくんが逮捕されるのも時間の問題ですね」


「はっはっは……気を付けます」


 笑ってごまかす。

 だが内心では心が高まっていた。


 いつもと同じ芽愛めいの辛口を聞いて、心がほっとしていたのだ。


「あと時間ですよ、いつきくん」


「そうだな。とりあえず、急ごう、芽愛めい!」


「賛同します」


 オレたちはアパートの前から、学校に向かって歩いていく。

 いつものように二人で一緒に登校だ。


 オレたちが入学する高校は、中学と同じ系列。

 敷地も同じ学園内にあるので、通学路も前と同じだ。


 いつものように十歩下がって付いてくる芽愛めいと、雑談しながら歩いていく。


 町内から出る交差点。

 例の学区の境目にオレたちは到着した。


「……それでは私は、こっちの道で行きます。いつきくんは、真っ直ぐ進んでください」


 芽愛めいはいつもの別ルートに足を向ける。

 これは予想通りだった。


 朝の『私が、せめて小学校の通学路の途中まで一緒に歩いてあげるだけです』という言葉で、このことをオレは覚悟していたのだ。


「ああ、わかった。今日も、ここまでありがとう」


 だからオレは大丈夫。

 挨拶をして、心を落ち着かせて。

 冷静に答えていく。


「あと……高校の校舎では……よかった今度からは……」


「それも大丈夫。話しかけないよ、オレからは」


「えっ……は、はい、そうですね。やっぱり、そちらが無難かもですね……」


 ん?

 なんか少しだけ芽愛めいの様子がおかしい。

 何かを言いかけていた感じだった。


「………………では、また明日の朝にです」


 だが、すぐにまた真顔に戻る。

 いつものように挨拶して立ち去っていく。


「うん、じゃあ、また明日の朝に」


 そして寂しい気持ちを抑えながら、オレも高校に歩いていくのだった。


 ◇


 その後の修学式は、特に何もなく順調に進んでいった。


 オレたち新入生は式典に参加。

 学園長や来賓らいひんの話が長かった。


 広い講堂には新入生がたくさんいた。

 周りをキョロキョロできない雰囲気なので、オレも真面目に式典に参加した。


「それでは新入生は、クラスに移動してホームルームで説明を受けてください!」


 式典が終わったら後は、案内に従って各クラス移動。

 オレも紙を見ながら、自分のクラスに向かう。


「おっ……ここか?」


 少し遅れて教室に入っていく。

 自分の席を探しながら、教室の中をチラ見する。


(顔は見たことがあるけど、話したことな人ばっかりだな……)


 同じ中等部の人が、クラス内に半分くらいいた。

 だが友だちが少ないオレは、ほとんど絡んだことがないメンバーばかり。


 数少ないオレの友だちは、他のクラスだったはず。


(まぁ、どうせ高校でも、ほぼ一人(《ぼっち》だから、気にしないでいこう……)


 あまり高校生活には、大きな変化は期待しない。


 三年間、あまり目立たず、そこそこの勉強と、趣味に没頭。

 あと親戚の店の手伝い。


 中学校の時と同じように、惰性で時間が流れていくのだろう。

 机の上で見つめながら、覚悟を決めていた。


 ――――だが、その時だった。


 運命の時間がやってくる。


「えっ……あの子……」


「すごい……」


「すごく……可愛い……」


 教室内が急にざわつき始めたのだ。


 多くの視線が、前方の入り口に向けられている。

 とくに外部の中学から来た人が、誰かを見て騒いでいた。


 いったい、どうしたのだろうか?


 オレもつられて視線を前に向ける。


「あっ……」


 そして言葉を失う。


 何故なら、そこによく知った少女がいたから。


芽愛めい……同じクラスになるのか……」


 まさかの運命の悪戯に、オレは頭の中が真っ白に。


(高校生活……どうなるんだろうか……気まずい毎日になりそうだな……)


 そして色んなマイナスなことを考えてしまう。


 浮かんでくるのは、負のことばかり。


(ああ……これから……毎日……)


 そして時間はあっとう間に経っていく。


 気が付くとホームルームは終わり、下校時間となっていた。


 ◇


「同じクラスか……どうしよう……」


 通学路を一人で歩いていく。

 足取りが重く、いつも何倍も時間がかかっていた。


芽愛めいと、同じクラスか……」


 教室にいた時と同じ悩み、頭の中で何回も復唱する。


「クラスメイトで知らないフリか……オレの心が耐えられないかも……」


 今までとは違い、明日からは一日中、彼女と顔を合わせていく。

 嬉しい反面、逆にかなりダメージが大きい状況なのだ。


「あと芽愛めいにも迷惑を、かけちゃうかもな……たぶん」


 同じクラスには中等部からのメンバーもいた。

 オレが彼女の幼馴染だということが、知れ渡ってしまう危険性が高い。


 その時は、芽愛めいはどんな顔をするのであろうか。

 想像もしたくもない。


「こうなったら……変わらないとな、オレが。オレ自身が……」


 足を止めて、自分の身体を見つめる。

 パッとしない外見に、だらしがない容姿。


 全てが完璧な芽愛めいの幼馴染には、明らかに相応しくない。


 だが変わるには大きな覚悟が必要。

 オレ自身に強く誓う、何かキッカケが欲しい。


「ん? この神社は?」


 そんな時、通学路の横道にある、小さな神社が目に入る。

 家の近所の見慣れた場所であり、境内で小さい時によく遊んだ場所。


 幼馴染だった芽愛めいと昔、一緒に仲良く遊んだ思い出の場所だ。


 あの時は本当に楽しかった。


 あの時の芽愛めいの笑顔は、目を閉じたら今でも目に浮かぶ。


「……よし!」


 当時の彼女の顔を思い出し、オレは覚悟を決めた。

 横道を入っていく、神社の本堂に向かう。


「そうだ……誓おう……言葉に出して……誓うんだ……」


 歩きながら、自分の想いが溢れてくる。

 そのまま誰もいない本堂の前に立つ。


「ふう……」


 ゆっくり深呼吸して、目いっぱい息を吸い込む。

 自分の決意の言葉を発するために。


 さぁ……いくぞ!


「オレは……幼馴染の芽愛めいが好きだ! ずっと大好きだったし、これからも大好きだ! だからオレは自分を変えていく! 芽愛めいの幼馴染として相応しい存在として、彼女のすぐ隣を歩ける男として、立派な男になってみせる!」


 本堂にむかって大声で叫ぶ。


 自分の本心を。


 今まで誰にも言えず、ずっと貯めこんでいた幼馴染への想いを。


 彼女のために、自分が生まれ変わる決意を言葉に発する。


「よし……やるぞ! やるんだ、オレは!」


 今まで感じたことがないくらに、心が高揚していた。


 魂が荒ぶり、背中に羽が生えたように全身が軽い。


 今なら何でもできそうな気がする。


 ――――いや、やるんだ、オレは!


「さっそく今日から、自分を変えていこう! そして明日の朝は……」


 芽愛めいとの距離を、少しでも近づけていこう。


 今はまだ“十歩分”もある遠い距離。


 それを明日は一歩でも前進する。


 半径九歩以内を彼女と歩くんだ。


「よし!」


 オレは急いでアパートに駆けていく。


 生まれ変わるために、自分を少しでも磨くために。


 ◇


 ◇


 ◇


 ◇


 だが、この時のオレは知らなかった。


 この近所の神社の本堂のすぐ裏側に、“知り合いの家”があったこと。


 しかも音響が、ちょうど響きやすい環境だったことを。


 そして帰宅して自宅のベランダにいた幼馴染が、偶然オレの決意の叫びを聞いていたことを。


「えぇっ⁉ い、今のは……イッくんの声……? えっ? えっ?」


 こうして運命の日は終わり、翌日を迎えるのであった。


 ◇


 神社で決意した翌日になる。

 今日から本格的な授業が開始だ。


 いつものように準備を終えて、オレはアパートの下の幼馴染の元に急ぐ。

 今日からのオレはひと味違う。


芽愛めい、おはようぉ!」


 あまりのハイテンションに、声が大きくなりすぎた。

 これはやばい。気を付けないと。


「おはようです……いつきくん。今朝も相変わらず……近所迷惑ですね」


 ん?


 だが一方の芽愛めいの様子が、少しおかしい。

 いつもの真顔の辛口は普段とおり。


 だが少し元気がない。

 あと目がなんか赤い。


 もしかしたら、珍しく夜更かしでもしていたのかな?

 早寝の芽愛めいには珍しいことだな。


 だが、あんまりガン見はよくない。気持ちを切り替える。

 何故ならオレは生まれ変わらないといけないから。


「な、なあ、芽愛めい……あのさ……」


 勇気を出して、言葉を発しようとする。

 芽愛めいに向かって『今日から……もう少し近くで話して、歩かないか?』と。


 十歩だった遠い距離を、一歩ずつ取りもどしていく決意を、オレは伝えようする。


 だが直後、オレは言葉を失う。

 信じられないことを、目にしたからだ。


いつきくん……」


「えっ?」


 なんと芽愛めいが、いきなりオレに近づいてきたのだ。


 すごく近い。

 目算で……たった一歩の近距離に、急接近してきたのだ。


 何故か顔を赤くしている芽愛めい

 天使のような顔が、すぐ目の前にある。


「えっ……えっ……?」


 まさかの事態に頭が混乱してしまう。


 そして耳まで真っ赤な芽愛めいの口から、混乱に止めの一撃が放たれる。


「し、仕方がないので、一人ぼっちいつきくんが孤独死しないように、今日から“一緒に校舎まで”登校してあげるのです、神社の神様のように慈悲深い、この私がです!」


「ふぇっ⁉」


 こうしてオレの高校生活は、初日から大波乱で幕を上げたのであった。

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辛口天使な幼馴染が高校生になった途端、急に甘めに距離をつめてくる話 ハーーナ殿下@コミカライズ連載中 @haanadenka

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