第8話

 ――。

 クラスには、30人近くの生徒がいた。

 やはり、と言うべきか、背中には翼がある。

 空はまだこの世界に来て、鏡の存在を確認してないため、皆と同じ翼が生えているか気になるが。

 今はそんな状況ではないことはみなまで言わなくても分かるだろう。

 編入なんて一度もしたことがない引きこもりでニートだった空が、突如として投げ出された。

 ……もう、どうなるのか分かるだろう。

 それはそれは緊張してしまうさ。


「ど、ども……」


 ――――――――――。

 教室は、それはもう、これまでにないぐらいに静寂に包まれたらしい。

 空気が凍るとは、まさにこのことなのだろう。

 空も、この日のこの瞬間だけ、100年過ごした感覚に襲われたと言っているほど。

 それほどまでに空は空気を凍らせた。

 まあ、これまでの例えは全て嘘なのだが……。

 とりあえず、自己紹介は――失敗に終わった。

 だが、これが編入生の特権と言えよう。空の周りにはたくさんの人が集まって。

 またもや空は困惑した。

 昨日まで引きこもりだったのが、たくさんの人に囲まれて。

 聞こえはいいかもしれないが、空にはいじめが起こるんじゃねえかとしか思えないのだ。


「勇者君だっけ!? どっから来たの!?」


「え、えと……」


 答えられない。

 守秘義務とかではなく、普通に、この世界での空自身の出身が分からないから。

 かつてないだろう。自分の出身地が分からないなんて。

 どんな野郎だよ。


「こらこら。皆。彼、緊張してるじゃない」


 落ち着いた様子でそう言う女の子。名前は知らん。そのうち関わるのだろう。そのうち、たぶん分かることだ。

 ――その後もガヤガヤと色々聞かれたが、もちろん分かるわけもなく、空は渋々寮へと帰った。

 そう言えば。

 誰かが言っていたっけか。一部屋二人だとか何とか。

 部屋の前に来て、唾を飲む。

 ドアノブに手をかけ、祈る。


 ――筋骨隆々だけはやめてくれ……!


 そして思いっきりドアノブをひねって開く。

 何とそこには。何とそこには!

 ――誰もいなかった。


「おいおい……マジかよ……」


 あんだけ緊張した意味がないじゃないか。というかよく考えたら、この可能性だってあったわけじゃないか。何故思いつかなかった。

 完全にいる設定にしてしまっていた。同室の者、すまぬ。

 まあ帰ってくるまで、ずっとびくびくしているのもあれだし、少し調べると言ったら大袈裟だが、少し調べてみよう。

 まず入って左側に、ベッドがある。流石二人一部屋なだけあって、立派な二段ベッド

 ――――。

 以外にない。ベッドしかないんだが。

 いや、この学校、貧乏なのか? だからこんな風に寮にはベッドしかないのか。

 なんてところにぶち込まれてしまったんだと空が頭を抱える。

 ――しかし、クラスの奴ら。


「なんでもかんでも聞けばいいって思ってんのか……?」


 少し気が荒い空。

 それもそのはず。引きこもりがあれだけの仕打ちを受けたのなら、こうなってもしょうがない。しかし、それだけではない。

 とりあえずうるさい。そして授業の内容が分からない。幸い、音は日本語と同じらしく、だがそれだけで内容の解読は不可能だ。

 だって途中入学だし。習っている内容がもともと違いすぎる。

 そうやって授業などのイライラをぐちぐちと虚空に話しかける中、ガチャリと音がしたのにも気づかず。

 その部屋の同居人が、空を見て、声をかけずその場に立ち尽くしたのを、この時の空は知らなかった。

 それに空が気付いたのは――ちょうど一分後のこと。


「――え……」


 空からしたら、知らない間に、というのと、同居人はこんな奴か、という二つの感想で、頭がいっぱいになった。

 そして――二人の間の空気が止まった。

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