第6話

 空の後ろで悲しそうにする天使。

 空はそれに気付かず歩いていく。

 ――ヒーロー気取って、周り全否定してんじゃねえよ……結局は自分を正当化するためだけの、自分が気持ちよくなりたいだけの公共自慰行為じゃねえか。何でそんなのに付き合わなくてはいけないんだ。

 心でそう呟くと、空は一層顔をしかめて、歩く。

 ――何もない、無言の時間が続く。足音、風の音、周りの音は聞こえるのに、二人の間には、音はない。

 天使の後ろをついていく空は――その悲しそうな顔を知らない。

 そのまま二人で歩いていき、着いた場所は――。

 元の世界で言うところの、学校だった。


「……は?」


「勇者、あなたは、今までで最悪で最低な勇者だわ……」


「だからってこんなところに――」


「問答無用!」


 ――ええー……。

 この世界に来てまで、学校に通わなければいけないなんて……。空は己の不運を呪い、自分の行動を呪った。

 おとなしくしておけばよかった……! あの時の俺……!

 というか俺は悪くない! 誰もあの愚行を止めないのが悪いんだ!


「今日から三年間、この学園であなたの性格を矯正してもらいます!」


 ええーと思うよりも早く、学園という言葉がこの世界にもあることに驚く。そして、時間の概念も、空が元いた世界のものと奇しくも同じだというのも。

 学園、空の通っていたものは学校だった。だから、多少なりともその差異に興味がある。――まあ、空がもし通うことになったら、即座に五月病にかかって、学園には行かなくなるだろう。引きこもりを舐めないでほしい。――まあ、寮生活とかだった瞬間、空は終わるだろう。色んな意味で。


「学園て……まさか本気で言ってるんじゃあないだろうな……?」


「私が本気じゃなかったことが――あ、そうか。――本気で言ってます! ちゃんと通って、ちゃんと卒業してください!」


 ――途中、昔の、『勇者』とやらに話しかけるようにしたのだろう。

 しかし――気付いたのだろう。そこにいるのが、『勇者』なんかじゃなく、香月空だということを。

 まーそんなことはどうだっていい! 空的に、もう終わったも同然の状況!

 勉強――そんなものを空はやってきた覚えがない。興味を持たない限りは、空が自ら進んで勉強することは断じてない。

 つまり――バックレる可能性がある。異世界の、訳も分からない、何なら赤子より頭の悪いかもしれない状態で、勉学に勤しめだなんて、神様も相当にふざけてらっしゃる。

 まあ、今、俺は住んでる家もなければ、頼れる人(人なのか?)もいない。完全に詰んでいる。だからもう、確定演出になっているのだ。空が学校に通わなければならない、これはもう確定している。なんて酷な。


「しかし、学園か……」


 もしかしたら、その差異によっては、元の世界の学校基準で考えてはいけないものなのかもしれない……。少しは期待できるものかもしれない、というところか。少なくとも、こちらの世界には異種族がいるのだから、しかも今の空は(たぶん)天使なのだから、羽があるのならば楽しみではある。


「いいだろう。――学園だろ? 通ってやるよ」


「え? 本当にいいんですか?」


「ああ、男に二言はない」


 ああ、こんなことを思う日が来るとは。

 今、空は、例えるならば。

 ――入学式当日の子供の心情に、成っていた。

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