第230話


 由紀子はその頃、軍需工場で働かされていた。


疎開で生徒数が減った小学校が臨時に軍需工場の下請け工場となり、そこで由紀子は軍へ納めるゲートルなどを作る作業をしていた。


この作業は由紀子にとっては都合がよかった。


黙々と作業をしていると、考え込む暇が無くなるからだ。


何もしてないと、常に健二のことばかり考えてしまって、辛くて耐えられなかったのだ。とにかく一生懸命働いて、悪い事は考えないようにしよう。


健二さんの無事だけを祈っていよう。


由紀子はそう心がけるようにしていた。


 やがて、由紀子の住む街にも空襲が始まるようになった。


作業中に空襲警報が鳴り、急いで防空壕に避難することも多くなった。


空襲が止んで、外に出てみると、街の至る所から火の手が上がっているのが見えた。


この分では、私もいつか空襲で焼け死んでしまうかもしれないと思った。


由紀子は不安な気持ちを落ち着かせるために、健二の写真と四葉のクローバーを見た。



私は死ぬわけにはいかない。


ここで健二さんの帰りを待っていなければ。


健二さんと約束したんだから!

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