第90話 もう一つの人知れない恋の話9


ショックのあまり倒れそうになった。


正一はそんな澄子に謝罪の言葉も無く、澄子を部屋に置き去りにして出かけて行ってしまった。


正一は赤ん坊の名づけもしようとしなかった。


澄子は赤ん坊に「誠一」と名づけた。


誠実な人になって欲しいという意味を込めた。


澄子の出産と同時期に、大黒堂が倒産した。


正一が援助をしていたにもかかわらず、経営は悪化の一途を辿っていた。


澄子の兄に経営の才覚が無かったのだ。


もともと大人しい性格の上、幼い頃から厳格な父親に必要以上に厳しく教育されたせいで内にこもるようになり、人付き合いというものが苦手だった。


打たれ弱いので、何か重大なことが起こると、その場を逃げ出してしまう事が多かった。


その為大黒堂は信用を無くし、借金は益々増えていった。


正一の援助だけでは手に負えなくなったのだ。


母はこっそり澄子と赤ん坊に会いに行き、“落ち着いたら連絡するから”と言い残し、次の日一家は夜逃げしてしまった。

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