白塗り仮面(その7)
浮多郎は、再び鶯谷の陰間茶屋をおとずれた。
「背が高く、顎が尖って、目つきが鋭い若い男は出入してないかな?」
と、今度は話を絞ってたずねて廻った。
日暮里寄りにはずれた陰間茶屋の遣り手の婆さんが、「吉さんのことかね?」と逆に聞いて来た。
「吉太郎という名で?」
「いや、吉としか知らない」
婆さんは、吉という細い男を、三年ほど前に抱え陰間として雇っていた。
一年ほどして辞めたのが、最近になって「また雇ってくれ」といってきた、という。
「でも、断ったね」
「どうしてまた?」
「それなりに太い客をつかんだのはいいが、手癖が悪くってね。どうも、客の財布から金をくすねるなんて、悪い噂が立ってさ。ちょうど、役者になるとかいうので、・・・潮時さね」
―遣り手からそんな話を聞いた浮多郎は、すぐに木挽町の河原崎座へ出向いて、大道具係の頭の陣五郎をたずねた。
「吉太郎の手癖が悪いから辞めさせたって?う~ん、どうだろう。楽屋でひんぴんと金がなくなってさ。見た者はいないが、どうも怪しいのはやつしかいないので。ちょうど仲間を連れて来たので、入れ替わりで辞めてもらった訳さ」
「その仲間の男はどうしたんで?」
「鬼次師匠が、せっかく明日からでも来いと誘ったのに、現れなかった。・・・もったいないよね」
その男の名前も居所も知らない、と陣五郎は首をひねった。
「この小屋がはねたあとは、どうなります?」
「大立者の役者は、湯屋へいってそのまま帰る。大道具と大部屋でかたずけと明日の興行の支度をして帰る」
「鍵はどうなってます?」
「正面の入口は内から心張り棒を掛け、裏木戸から帰る。ここは錠前だが、掛けないこともある。小屋の中に金目のものなんか何もないのでね」
これだと、乞食が入り込んで焚き火でもしたら危ない。それに、・・・ひとを殺して隠しておくのにも絶好の場所だ。
―次は、堺町の都座だ。
舞台では、ちょうど、親の仇役の坂田半五郎の藤川水右衛門に、坂東三津五郎の石井源蔵が挑んで返り討ちにあう派手な立ち回りの場だった。
幕間に、座頭をたずねると、
「前にもいったが、丸裸で殺された若い男は、まったく知らねえやつだ」
と、にべもなく答えた。
「では、河原崎座の大部屋にいた吉太郎という男が、雇ってくれとやってきませんでしたか?」
「河原崎座の吉太郎?ああ、売り込みに来たね。すぐ断ったさ」
「どうしてまた?」
「回状が廻ってきた。手癖の悪い奴だから、気をつけろって」
「吉太郎がやって来たのはいつごろで?」
「そうだねえ、・・・ここの小屋の前で殺しがあった前日か、前々日だったような」
吉太郎は、狭い世間をさらに狭くし、じぶんでじぶんを追いつめていた。
『悪いのは世間で、じぶんはちっとも悪くない。その悪い世間に悪さをしてやろう』などと思い詰めて、不埒なことを・・・?
―葺屋町の桐座では、「敵討乗合話」の終幕の舞鶴屋伝三の店の場で、二階に仇の志賀大七と佐々木岸柳がいることを、松本幸四郎の肴屋五郎兵衛が知り、仇討ちの姉妹に知らせる、いちばん盛り上がるところだった。
「高麗屋!日本一!」
大向こうから声がかかって、幕が下りた。
舞台がはねたところで、浮多郎は幸四郎の楽屋をたずねた。
「泪橋のお役者目明し、浮多郎若親分。この幸四郎に弟子入りして、役者になろうってえんですかい?そいつはお断りだ。・・・こちとらのお株が奪われっちまうんでね」
付き人に衣装を脱がせながら、幸四郎は軽口をいった。
この軽口は、浮多郎は以前にも聞いたことがあった。
「東洲斎先生を、用心棒に雇われたそうで。・・・何ぞ、予告だか脅しだかあったので?」
「いや。それは、ない。役者の勘ですよ。河原崎座、都座と同じ手口の殺しが続いているので、・・・次は必ずやこの桐座だと。犯人は役者気取りでもって、派手な芝居を演じたいのではないですか」
・・・それは、奉行所の同心・岡埜吉右衛門も同じ考えだった。
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