白塗り仮面(その6)

浮多郎は、両国橋を渡ってすぐの回向院裏の長屋に、吉太郎をたずねた。

四畳半ひと間でひとり暮らしの吉太郎は、鏡に向かって髪型を整えるのに余念がなかった。

浮多郎を見ると、ちょっと驚いて、

「お役者目明しと異名をとる、泪橋の若親分さんわざわざのお成りとは」

皮肉たっぷりにいった。

「いえ、河原崎座の楽屋頭も大道具頭も、どうして吉太郎さんが首になったか教えてくれません。・・・直接おうかがいした方が手間がはぶけると思ったものですから」

「これは、これは。ご挨拶ですね」

吉太郎は、どう答えたものか、頭の中でひと考えしたようだが・・・。

「とどのつまりは、この吉太郎という男が嫌いだということです」

「でも、好きになってくれる男もいるのではないですか?」

ここで、ぐっと詰まった吉太郎だが、

「まあ、いないこともないです」

と苦く笑った。

吉太郎の顔は整ってはいるが、目も顎も鋭すぎて役者には向いていないような気がした。

性格も、どこかぎすぎすしている。

「鬼次師匠の付き人に聞いたら、吉太郎さんは役者志望のお友達を師匠に引き合わせたそうですね。師匠は気に入って、大部屋で見習いに入れといったそうです」

吉太郎は、浮多郎の口もとを見つめた。

「殺されたのは、そのお友達ではないですか?」

「どうして?」

「よかれと思って、友達を斡旋して採用されたのに、そのあおりでじぶんが首になった。逆恨みとか嫉妬とかは、ひと殺しの重要な動機ですからね」

「この吉太郎が、殺したとでも?」

「いえいえ、そうは申しておりません。ひとのこころの動きをいっているだけです。あなたを首にしたのは、河原崎座の楽屋頭であって、鬼次師匠ではありません。ですが第一の殺人では、師匠の当たり役となった江戸兵衛の白塗りにして、おまけに写楽の大評判をとった江戸兵衛の大首絵を胸に小柄で刺した。これは、あたかも師匠がこの男を殺したかのように偽装した。褌まで取って丸裸にしたのは、この男をとことん辱めようという憎しみの気持ちからです」

「そうだとして、第二の殺人はどうです。どうして都座の藤川水右衛門の坂田半五郎に似せて殺す必要があったのでしょうか?」

「たしかに、第二の殺人の殺しの動機はまるで分かりません。同じ白塗り、同じ大首絵、同じ丸裸・・・犯人は、何か謎をかけて楽しんでいます。世間をあっといわせたい。大向こうの喝采を受けたい。案外、それが動機かもしれません」

「とすると、この殺人はどこまでも続くかもしれませんね」

吉太郎はニヤリと笑い、浮多郎を見た。

・・・浮多郎と吉太郎の視線がぶつかり合い、火花が散った。

―葺屋町の桐座の前の土産物屋の二階に上がると、黒門町と長次の姿がなかった。

驚いたことに、刀を抱えた東洲斎が格子窓の前に座って表を見ていた。

与太が、「甚吉親分は首になりました。代わりに東洲斎先生が、張り番をします」と、横からいった。

「だれがそんなことを?」

「甚吉親分のお話ですと、幸四郎師匠も岡埜さまとまったく同じ考えで、次は桐座が狙われる、と。・・・だから、先生をここへ送り込んだそうで」

たしかに、桐座で上演中の「敵討乗合話」で、大御所の松本幸四郎は、任侠の肴屋五郎兵衛を演じていた。

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