白塗り仮面(その5)
さっそく、甚吉親分が教えてくれた谷中下の鶯谷へ行ってみた。
たしかに安普請の小屋のような茶屋が、老婆の入れ歯のようにごちゃごちゃと立ち並んでいた。
どこが女郎を置いているのか、どこが陰間茶屋なのか、それとも恋人たちに部屋を貸すだけの茶屋なのか、外観だけでは分からない。
・・・やりたくはなかったが、十手をチラつかせ、浮多郎は一軒一軒茶屋をたずねて回った。
「いなくなった抱えの陰間だって?・・・いないね」
「陰間なんか抱えておらんぜ」
「陰間?そんなやつらに部屋は貸さんよ」
正直に答えているのか、それすら分からない。
十数軒すべて回ったが、徒労に終わった。
上野に向かって歩き出したところで、河原崎座の大部屋で、『うちの小屋の前で殺されたからって、うちの人間とは限らない』と、つっかかってきた吉太郎という稲荷町と出っ喰わした。
・・・楊枝のように細い美少年が、吉太郎の背に隠れるようにして立っていた。
「おや、吉太郎さん、今日はお芝居はお休みで?」
浮多郎は、わざと意地の悪い挨拶をした。
「ああ、・・・今日は出番がないので。それで谷中に墓参りに」
どぎまぎしながらも、吉太郎はうまい嘘をついた。
「どなたさんのお墓なんで?」
追い討ちをかける浮多郎。
「うちの爺さんです。今日が月の命日で」
頭を下げた吉太郎は、右手の鶯谷へは行かず、美少年を従え、左手の坂道を丈六仏のある谷中の墓地へ登って行った。
―その足で、浮多郎は木挽町の河原崎座へ向かった。
「ああ、たしかに吉太郎は、今日は出番がないね。・・・というか、降ろされたのさ」
手持ち無沙汰の楽屋頭が、ちょうど楽屋の入口に立っていたので、吉太郎のことをたずねると、そう答えた。
「どうして、また?」
楽屋頭は、浮多郎をしばらく見つめていたが、
「馬の足の役ぐらいしかつかないくせに、いつもひと言多いんでね」
「役とか、演出に?」
「う~ん、どうだろう。・・・気が荒いというか、平気で大幹部にもいちゃもんをつける。まあ、そんなところでしょうか」
楽屋頭は、それ以上の事情はいおうとはせず、舞台の袖のほうへ消えてしまった。
今度は、舞台裏でひと息入れている大道具方の陣五郎をつかまえ、
「この間、小屋の前で殺された江戸兵衛の白塗りの男に見覚えがあるようなことをおっしゃっていましたが、その後何か思い出しましたかね?」
と、ずばりと斬り込んだが、
「そんなこといいましたっけ?」
と、陣五郎はすっとぼける。
「たしか、楽屋頭も同じようなことをいってましたね。死体を見た時」
浮多郎は、なおも喰い下がったが、陣五郎はぷいとそっぽを向くと、そのまま立ち去ってしまった。
―葺屋町の桐座の真っ正面の土産物屋の二階では、黒門町に長次と与太まで加わって酒盛りの真っ最中だった。
もはや、だれも桐座の方に、顔さえ向いてはいなかった。
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