第46話 故郷と偶然

ルーシェの言葉は、あまりにも唐突だった。


「えっと、ちょっと待って……どういうこと?」

「だから、あたしはもともと、こことは全く別の世界にある、日本って場所から来たってこと。あなたもそうなんでしょ?」


そこまで聞いて、俺はようやく状況を理解し始めた。

つまりは、俺と同じ境遇という事か。


「えっと、ルーはどうやってここ……この世界に来たの?」

「知らない。事故で死んだと思ったら、見たこともない草原で目が覚めたの」


俺と同じだ。俺の場合は森の中だったが。


「ねえ、ノエリア先生は、元の世界では何て名前だったの? 年は? もしかしてずっと年上だったり?」

「私は―――」


ここで一瞬、俺は逡巡した。こんな少女の姿で男の名を名乗ることが、なんとなくおかしく思われたからだ。

偽名を使うべきか、と迷った挙句、俺は正直に本名を名乗ることにした。嘘をつくのは嫌いだし、やがてはバレる話だろう。


少し男っぽい口調を意識して、低い声で答えた。

まあ、元がノエリアの可憐な声である以上、高が知れているが。


「常見時久。……もとの世界では男子高校生だった」

「えっ……!」


ルーシェの表情が驚愕に歪む。しまった、引かれたか。まあ、同性だと思って接していた人が実は異性だと分かったら誰だってこんな反応になるだろう。

と、思ったのだが、どうもルーシェの様子がおかしい。


「え、そんな……嘘……」

「……そこまで驚くことか?」


年齢が身体と異なっている可能性は分かっていたのに、性別が違う可能性は見越していなかったのか。


「驚くよ……だって、だって……あたし……柳……柳舞花だよ……時久って、トキ君、だよね……?」

「……柳、…………柳舞花!?」


叫び声が思わず裏返った。

柳舞花――――それは、俺の元の世界での数少ない友人の一人だ。


幼いころは、家でよく一緒に遊んでいた。小学校から高校までずっと同じ学校だった、いわば幼馴染のようなものだ。


「どうしてここに……? 事故に遭ったって、どういうことだ」

「トキ君と一緒よ。暴走トラックに轢かれたの」


暴走トラック。もはや懐かしくすらあるような記憶が蘇る。

「居たのか……あの事故の時に」

「うん、丁度声をかけようかと思ってたところだったんだけど」


舞花の口調は、だんだんと俺の記憶にある類のものに戻っていく。

昔本人から聞いた話だが、舞花は相手によってかなり言葉遣いが変わるタイプだそうだ。ノエリアの外見は中学生くらいだから、年下と話しているような気持ちだったのだろう。


「そうか……」

俺はこんがらがった事態に対処するため、少しずつ頭の中を整理していく。あの事故の被害者は俺だけではなかったのか。


「それよりトキ君、何で家庭教師になってるの? 憑依した子が家庭教師だったの?」

俺は、俺がこの世界に来てから何があったかを、かいつまんで話した。


同じように舞花もこの世界で何があったかを聞かせてくれたのだが、これが思っていたよりも過酷なものだった。やはり、俺はかなり恵まれた状況に置かれていたらしいとわかる。




「はあ……ノエリアちゃん可愛いから食べちゃいたいなと思ってたけど、中身がトキ君じゃあ仕方ないな」

食べるって、一体何をする気だったのか、俺は敢えて聞かないことにした。


舞花は、小さい頃から年下が好きだとよく言っていた。その影響もあるのだろう。知らないが。


「これは?」

「魔法科学の教科書。ノエリアが持ってたんだよ」


「へえ......あれ、そういえば、そもそもなんでトキ君は、その子の名前がノエリアだって分かったの? 目覚めた時一人だったんだよね?」

「ああ、それは」


俺はそう言いながら、ネグリジェのポケットから例の身分証明書を取り出した。

ちなみにこのネグリジェは、以前の休みに夏服を買いに行った時に、リアナに言われてまとめて一緒に買ったものである。シンプルなデザインの青色ワンピース、という印象だ。何を以ってネグリジェと呼ぶのかは俺の知るところではない。


「これだよ。これに書いてあった」

「......なにこれ? 身分証?」

「みたいなもの、かな」


今日のギルドでも、これを使って手続きをした。それゆえそこには、「冒険者組合魔術師部 第一階梯」と書き加えられている。


今日知ったことであるが、ここに書いてある文字は、特殊な魔法具を用いて書き足したり消したりできるようだ。

「あたしこんなの持ってなかったよ......」

そう言いながら舞花は、両手で何も入っていないポケットを叩いた。


「市長に頼めば作ってもらえるんじゃないかな?」


身分証明書は、農村ならともかく、街で暮らしていくとなれば、ギルドに限らず必要になってくるだろうからな。


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