第45話 少女の狙い
「おかえりなさいませ」
「お、おかえり、なさいませ」
セラフィとルーシェ。メイド服の二人が、屋敷の前でアーネスト市長の帰りを待っていた。
「やあ。ただいま。ルーシェ君の方はどうだい?」
市長が尋ねると、セラフィは穏やかな笑みを浮かべた。
「順調でございます。この年頃にしてはとてもしっかりした子のようですよ。記憶喪失、というもののせいなのかは分かりませんが、少々常識に疎い部分はあるようですけれど、問題はありません」
その言葉に、市長は満足げに頷いた。
夕食を済ませ、俺は部屋に戻って勉強をする。今日は「魔法科学」である。
「算術」「魔法科学」といった各分野は、さらにそれぞれ「算術-Ⅰ」「算術-Ⅱ」「算術-Ⅲ」というように三段階に分類がなされている。丁度、元の世界で「数学Ⅱ」とか「古典B」とか言うのと同じだ。
といっても、もとの世界と違って、全て「算術」なら「算術」、と一つの教科書にまとめられてはいるが。
その中で俺は「魔法科学-Ⅱ」の目的のページを開いていた。
〈例題:ジンク6グラムを容器に入れたクロリネに溶かし、右手に持って『refine steel:μ; do solidify; to right』と詠唱する。このとき生成されたジンクの塊を取り出して重さを測定すると、4グラムであった。同じ容器に再び同じ魔法を詠唱したところ、さらにジンクの塊を取り出すことができた。2回目の詠唱で生成したジンクを魔術電池として用いる時、取り出すことのできる魔力値は最大でいくらか(アトルガ私立魔法学院)〉
単位がグラムなのが少し引っかかった。この世界が元の世界と同じメートル法を用いている可能性もあるが、もしかすると頭の中で勝手に翻訳されてしまっているのかもしれない。
アトルガ私立といえば、中堅ではあるが有名な魔法学院の一つだ。その入試問題という事のようだ。
「μ」は12である。魔力値12の魔法で4グラム取り出せたのだから、ジンク1グラムで魔力値は3ということだろう。
2回目の詠唱の時にまだクロリネの中に残っているジンクは6-4で2グラムだ。この状態で魔力値12の魔法を再び詠唱すれば、当然全て取り出すことができるので、2回目に取り出したジンクは2グラム。
よってこのジンクで作った魔術電池に含まれている魔力値は6だ。
そう難しい問題ではない。この程度なら魔術電池の問題も解けるだろう。だが、教科書のどこを探しても、なぜその仕組みで魔力を取り出すことができるかという説明はなされていなかった。
少し拍子が抜けたような気分で教科書とにらめっこをしていた俺の耳に、不意に扉をノックする音が響いた。
はい、俺が返事を返すと、遠慮する様子など一切見せずに、扉が開け放たれた。そこに立っていたのはルーシェだった。
「こんばんはノエリア先生。何してるの、お勉強?」
昼間に見せた悪戯っ子のような笑みを崩さないまま、ずかずかとルーが俺の部屋に足を踏み入れてきた。
「どうしたの、何の用?」
自分でも、少しだけ声に棘が出るのが分かる。
「あれ、夜にお部屋に遊びに行くって言わなかったかな?」
そういえば、そんなことを言っていたか。
「それで、何をしに来たの?」
「何って、……ノエリア先生が聞いてきたんでしょ。どうしてあたしがここに働きに来たのか、聞きたくないの?」
そう言われて、俺はため息をつくしかない。
「分かった。聞かせて。どうしてここに来たのか」
すると、ルーシェは心底嬉しそうな表情を浮かべた。
「ならその前に、一つ、尋ねておきたいことがあるの。二か月前に、聞きそびれた質問」
「二か月前?」
また唐突な話だ。ルーシェが話すのに、どうして俺に質問をする必要があるのか。
「そう。ノエリア先生、あなたは、どこから来たの?」
「えっ?」
俺は、質問の意図が分からず聞き返す。そういえば、二か月前にも同じ質問をされた。
「ノエリア先生が答えてくれないなら、あたしから答えるね」
俺の言葉を待たずして、ルーシェは言う。
そして、続けてこう告げたのだ。
「あたしは日本から来たの。知ってるでしょ、日本。メモ帳を日本語で書くような人が、日本を知らないわけないよね。ねえ、ノエリア先生?」
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