第44話 魔鉱石と魔術電池

ギルドには、依頼の紙が貼られた掲示板の他に、休憩や軽い食事ができるような広いスペースがあり、長机がいくつか並べられていた。


その机のひとつにもたれ掛かるリアナを横目に、俺はふと思いついたことがあってエルシーに尋ねてみた。


「アレシアさんって、どのくらいの階梯だったんですか?」

「アレシアさんと言うと、アレシア・マクラウド市長のことですか?」

リアナが首肯する。そういえばフルネームはそんな名前だったか。


「アレシア市長は、この国の代表的な魔術師ですよ。魔女と宮廷魔術師の一部を除けばトップクラスと言ってもいいと思います」


そういいながら、エルシーは資料のような紙束を捲る。

前々から魔法ができる人だとは思っていたが、そんなに凄い人だったのか。


「えっと……アレシア市長は魔法総合で、二十六階梯、ですね」

エルシーが資料を見つけたらしく、少し戸惑ったような声色で言った。


「26...? そんなにあるの?」

聞くとはなしに俺たちの話を聞いていたらしいリアナが驚いたように呟く。


「普通はありませんよ」

エルシーによると、第一階梯が初心者、第二階梯から第四階梯が中級者、第五階梯から第九階邸が上級者という基準であり、第十階梯以上は人並外れた熟達者という意味になるらしい。


一般的にはどれだけ難しい依頼でも、かけられる制限は「十階以上」であり、それ以上の制限がかけられることはほとんどないという。

「まあ、所詮は冒険者の基準ですからね。宮廷魔法軍の精鋭部隊なんかであれば、二十階梯程度といわれています」


魔法軍でも二十階。どうしてアレシアさんは市長なんてしているんだろうという素朴な疑問が浮かんだが、俺はその疑問をそっと留めて、エルシーの話に聞き入っていた。




「私は少しここの責任者と話をしてくるから、少し待っていなさい」

市長がそう言ってギルドの奥の方に入って行ったので、俺は適当な椅子に腰かけて時間を持て余していた。


リアナは掲示板の前で立ち止まり、依頼の内容を順番に確認しているようだ。

俺は退屈を紛らわそうと、隣で何やら見たことのない物を動かしていた白髪の老爺に声をかけた。


「お爺さん、何ですか、これ?」

俺は、金属の塊のようなものを指さして尋ねる。


「ん、ああ、お嬢ちゃん。これは魔術電池だよ。見たことないかね」

「魔術電池、ですか?」


魔術を用いた電池、ということだろうか。

「そうだよ。これを使えば、魔力がなくても簡単に魔法を取り出せるんだよ。これは私の手作りだ。どうだい、よくできているだろう」

「へえ、何に使うんですか?」


「そうだね……魔鉱石につけて、街灯りにするというのが一番よくある使い方だな。ほら、みてごらん」

そう言って老爺が俺の方に手に持った魔鉱石を見せる。


ちなみに魔鉱石とは、この世界で最も一般的な鉱物だ。魔素をよく通し、魔力によって操作がしやすいことなどからそう呼ばれる。元の世界の鉄みたいなものだ。


それから老爺は、小型の水筒のような容器に魔術電池を入れ、その容器自体を魔鉱石の窪んでいる部分へと取り付けた。

そしてしゃがれた小さな声で、何やらあまり耳慣れない魔法を唱える。

すると次の瞬間、魔鉱石が淡い光を発し始めたのだ。


「わあ、すごい! 光ってる! ……この電池って、何でできているんですか?」

「そうだねえ……ジンクの塊をクロリネで溶かし、魔力でジンクの塊に戻したもの、という説明では、お嬢ちゃんには少し難しいかもしれないが、とにかく、魔法の力を使っているんだよ」


ジンクというのは亜鉛の事だろう。ならばクロリネは塩酸か。亜鉛を塩酸で溶かし、溶けた亜鉛を魔力で再び固体に戻していた、ということだろうか。

屋敷に帰ったら教科書で調べてみよう。


すると、丁度その時、アーネスト市長が戻ってきて、俺に声をかけた。


「ノエリア君、そろそろ帰ろうか」

「あ、はい」

俺は穏やかに笑う老爺に礼を言って、ギルドを立ち去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る