第43話 第一階梯と魔術師
無事に「健康診断」という名の拷問を終えた俺とリアナは、晴れて「冒険者ギルド魔術師部」の仲間入りを果たした。
「これでお二人は冒険者組合(ギルド)の一員です。依頼はこの掲示板に張り出してありますから、ご自由にご覧ください」
名前をエルシーというらしい、先刻から案内をしてくれている受付嬢が、横幅5メートルはある大きなコルクボードのような掲示板を掌で示して言った。
そこには依頼の説明らしき文字が書かれた、わら半紙のようなA4程のサイズの紙が所せましと貼り付けられている。どうやら依頼書のようだ。そして当然のようにその多くは、魔法に関係する依頼であった。
<ヴェルダ市ユーバ村 中型魔獣討伐、報酬:半銀貨3枚>
<ヴェルダ市トナギ森林 結界張り、報酬:正銀貨1枚>
<ヨルム市ルフレ村 魔力障害治療、報酬:正銀貨5枚>
などなど。
「えっと、依頼ってどれでも受けられるんですか?」
ファンタジーで依頼と言えば、「レベルが足りないからこの依頼は受けられない」みたいなのがつきものだ。
「いい質問ですね。ものによっては免許がなければ受けられない依頼もありますよ。他にも、ある程度の能力がないと受けられないものもあります」
「能力って?」
リアナが口を挟んだ。
「冒険者組合では定期的に、自分の体力や魔力などを改めて知ってもらうために、参加自由の能力試験を行っています。そこでの結果に応じて、ギルドでは第一階梯、第二階梯、といったようなランク付けをしているのです。数字が高いほど能力が高いってことですね」
階梯、まあ、レベルのようなものだろうか。
「そして、依頼書の下の方に、申請条件が書かれているはずです。それをクリアしなければ、その依頼はそもそも受けられないってわけですね」
確かに、さっき見ていた依頼書にもそれぞれ、<総合第四階梯>、<結界錬成士免許><白魔術第六階梯>と書かれている。一方で、例えば<魔法工具作成手伝い><教会大掃除>のような依頼には、<第一階梯可>とあった。
「つまり、わたしたちはまだ試験を受けていないから、第一階梯でも受けられる依頼しか受けられないってことですか?」
「そういうことです。さすが、理解が早いですね」
エルシーは人懐っこそうな笑顔を見せて、補足するように言葉を加えた。
「もちろん、第一階梯でも受けられる依頼も、それなりの数はありますけどね」
「その能力試験は、いつ受けられるの?」
リアナが妙にやる気になっている。とにかく何かしらの称号が欲しいという事なのだろうか。子供っぽくて微笑ましい。
その質問に、エルシーは胸元から手帳のようなものを取り出した。
「そうですね……。次回の試験は牧月20日ですよ」
今日の日付は牧月19日だから、ちょうど明日という事になる。なんとタイミングのいい。あるいは、かなり頻繁に試験を実施しているのだろうか。
「明日ね!受けるわ。ノエリア先生も受けるでしょ?」
「うん、そうだね……いいですか、市長?」
俺が視線を向けると、アーネスト市長はいつも通りの笑顔のまま頷いて見せた。
「構わないよ。頑張ってきなさい」
エルシーによると、試験の内容は筆記と実技があるらしい。ちょうどラトリアル魔法学院と同じ仕組である。
筆記は魔法科学や魔獣に関する知識、魔法工学、魔法の禁則についてなどで、実技では実際に獣と戦わされることもあるそうだ。
「トレントを倒した私たちなら余裕ね」
「あまり油断しない方がいいと思うよ」
リアナの言葉に俺は苦笑して答える。あの場面でトレントに勝てたのは運みたいなものだ。そもそも俺は、トレント以外の魔獣とほとんどまともに戦ったことがないのだ。
一度大鷲に襲われたことがあったが、あんなのは戦闘に含まれないだろう。
「お父さんは受けたことあるの、試験?」
思いつきで、リアナはアーネスト市長に尋ねた。
「ん? あー、いや、私が若い頃登録していたのは一般部の方だからな。魔術師部とは試験の内容が少し違うんだ」
聞くと、魔術師部では魔術重視の試験であるのに対して、一般部では体力のほか馬術や野営能力のようなものがより重視されるらしい。
「どうだったの、結果は?」
すると、その質問に市長が答えるよりも先に、エルシーが口を開いた。
「馬術がお上手だったらしいですよ。ほんの数ヶ月で、馬術の第九階梯まで到達したという話を聞いたことがあります」
市長に憧憬の眼差しを向けるエルシー。対してアーネスト市長は、照れくささを誤魔化すかのように、微苦笑を浮かべていた。
「昔の話だよ」
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