第42話 白魔術と健康診断

「えっと、これに着替えればいいですか?」

受付嬢に連れられた俺とリアナは、更衣室のような場所へと通された。


「はい。そうですね。上は下着も脱いで、それを着てください」

部屋に備え付けられていたのは、どことなく病院の検査着にも似た、シンプルな薄桃色の見た目の薄手のワンピースだった。


「何をするの?」

リアナが、よく分からない、というような顔で受付嬢の方へと視線を向けた。


「健康状態を確かめるんですよ。冒険者稼業は体が資本です。病気や怪我があるのに依頼をお任せするわけにはいきませんから」

なるほど。冒険者たちの無茶を防ぐという機能は、いまでもある程度残っているようだ。


それに仕事がダンジョン探索から害獣駆除などの雑務に変化したとはいえ、それらが体力仕事であることは変わらないであろうから、この健康診断は一理あると言えるだろう。


しかし、この世界の医療がそこまで発達しているのかという点に関しては、文明のレベルから見ても少し疑わしいところであるが。


「いつもギルドにお医者様がいらっしゃるのですか?」

俺がふと気になって尋ねると、受付嬢は首を横に振った。

「いませんよ。健康診断をするのは、お医者様ではありませんから」


「え?」

どういうことだ?

「冒険者というのは、そこそこ頻繁に健康診断があります。そのうえ、あまりお金を掛けられません。だから、健康診断はお医者さんにしてもらわないんです」


「なら誰がするの?」

受付嬢は、そのリアナの問いに答える代わりに、部屋にあった扉の一つを開け放って、中を俺たちに示した。


「白魔術師ですよ。治療は体力回復程度しかできませんが、病気と怪我の有無を診るだけなら、お医者さんに負けませんから」

寝台の前で、20代くらいの白いローブを纏った女性がとろんとした目を俺たちの方に向けていた。




「ひゃっ……ひっ……ちょっと……やめっ…ひゃぅ……」

ベッドに背中を向けひたすらに壁を見つめる俺。

なんだか分からないが、あれは直視してはならないような気がする。


部屋に備え置かれた小さなベットの上には、まな板の上の生魚のような状態でリアナが寝転がっていた。


「はぁい、じゃあ次はお腹を診ますねー」

くすぐられた時のような切ない声を上げ続けるリアナを完全に無視して、ローブの白魔術師は検査を続ける。


今行われているのは干渉魔法による施術、つまりローブの白魔術師は、リアナの身体に指一本触れていないのだ。ただ魔法を詠唱しているに過ぎないのだ。

にもかかわらず、リアナは相変わらず声にならない声を上げ続けている。


「はぅ……ひっ……ひゃん、はぅ……」

恐るべき、干渉魔法。

俺は市長令嬢の呻き声を背中に浴びながら、先刻の受付嬢の説明を思い出していた。




「白魔術とは、その名の通り白属性の魔法の事ですよ。白魔法は哲理魔法の一種で、回復や干渉を得意とする属性です。干渉魔法を使えば、簡単に身体の異常を調べられる、というわけです」

「どうせ魔術をつかうなら、健康診断じゃなくて回復魔法を使えばいいのでは?」


「それは無理です。一般的な白魔法の回復魔術で回復ができるのは、疲労と軽いけが、あとは魔力関係の異常だけです。普通の病気にはほとんど効果がありませんし、大怪我の治療は魔力の消費が莫大になってしまいますから、現実的ではありません」


意外な事実に黙るしかない俺の様子を見て、受付嬢はふっと笑ってみせた。


「高位の魔術師様なら別なのかもしれませんが、そんな人を雇うくらいなら医者にかかったほうが安いって話ですよ」




「はぁい、以上です。次、あなた」

いつの間にか時間が経っていたようで、リアナの番は既に終わっていた。


けれども、俺はその場を動くことができない。

「ほらぁ、あなたですって。これしないとギルドに登録できませんよー?」

脅しのような言葉に、渋々魔術師の方を振り返り、示された寝台に座る。


「内臓と脳みそを内側からかき混ぜられる感じ……かしら……」

紅潮した表情のまま、リアナはそう言って部屋を出て行った。

「はぁい、では、始めますねぇ」




白魔術による健康診断を受けている俺がどのような有様であったかは、あえて語らないことにする。

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