第41話 ギルドと魔女

アーネスト市長に連れられて、俺とリアナは冒険者組合の前までたどりついた。


ここはヴェルダ市のギルドタウンになっているらしい。冒険者組合だけではなく、様々な職業の組合があった。土木組合から縫製組合、商人組合と、さまざまな同業者組合の建物が所狭しと立ち並んでいる。


「古い建物ね」

リアナが特に悪びれる様子もなくそんな言葉をこぼした。


「歴史があるんだよ」

アーネスト市長はそう言い返してずんずんとギルドの中へと進んでいき、魔術師部の受付へと向かう。

冒険者組合の建物の中は、入口のところで魔術師部と一般部に分かれていた。


魔術師部には魔法関係の依頼、一般部にはその他魔法を必要としない依頼が主に集められるが、一方の部に属する冒険者が他方の部の依頼を受けることもできるので、今では実質的な違いはあまり大きくないらしい。




「あ、市長さん! お久しぶりです。本日はどういったご用件でしょうか」

ジャンバースカート型の橙色の制服を身に纏った明るい髪色の受付嬢が、市長に笑顔を見せて声をかけた。


「ああ、久しぶりだね。今日はこの子たちの登録をしようと思ってね」

そういって市長は掌で俺たち二人を指し示す。

「わあっ! 可愛い、娘さん、二人もいらっしゃったんですね」

「ああ、いや違うよ」


市長は慌てて首を横に振る。

「リアナは確かに娘だが、そこにいるノエリア君はリアナの家庭教師だ。ついでに一緒に登録してもらってはどうかと思ってね」


「家庭教師……?」

受付嬢はこくりと首を傾げた。


「メイドさんじゃなくてですか?」

「違います」

市長が否定する前に俺は声を上げた。こういうのはしっかり否定しておかないと本当にメイドだと思われてしまう。


「家庭教師って、その歳でですか?」

それでも不審がる受付嬢に、市長はまるで自分の事のように少し自慢げに答える。

「これでもかなり優秀な人なんだよ。ユスティナの中等学院を飛び級で卒業していてね」


すると、受付嬢は感服したように声を高くした。

「へえっ! そうなんですか、凄いですね。高等学院は受験されないんですか?」

「えっ……あ、庶民階級ですから……」


庶民階級で高等学校に行く人間なんていうものはかなり稀である。ラトリアル魔法学院のような名門となればなおさらだ。なにせ、授業料が相当に高い。有力な上流市民くらいなら賄えるかもしれないが、ノエリアのような稼ぎの少ない庶民の身分には、とても払える金額ではないのだ。


「特待生入学、という道もあるのでは?」

「特待生入学? そんなのがあるのですか」

俺の質問に答えたのはアーネスト市長だ。


「あるにはあるよ。入学試験で圧倒的な成績を獲得すれば、庶民階級でも授業料免除で入学ができることがある。5,6年に一度はいると聞くよ」

「そういえば、ストラハス天原の星術師様も、昔ラトリアルの特待生だった、と聞いたことがありますよ」


入学試験で圧倒的な成績、か。

「どのくらいの成績だったんですか?」

「確か、40点で受かるかどうかと言われる魔法科学の試験で、200点満点を取ったとかいう噂だな。実技も、三段階で合格のところを十五段階までやり遂げたとか」


ラトリアルの入試で満点を取る、という事の異常性は、リアナの家庭教師をしている俺にでも分かる。

ラトリアル魔法学院は、国中、いや世界中の将来有望な魔法使いたちが目指す学校だ。

当然、入試の難易度は相当に高い。


しかも合格者の中でも差を付けさせるために、少し難しい程度の問題から、普通の学習者には解けるはずのない問題まで入っているのだ。

それをすべて解いてしまうというのは、異常という以外に言葉が見つからない。


「どんな人なんですか、その星術師様っていうのは」

間違いなく天才だ。そんな人なら、宮廷とかで魔術師をしていても良さそうなものだが。

「知らないか、ノエリア君。ストラハス天原の星術師といえば、十二魔女の一人にも数えられる大魔法使いだよ」


「十二魔女、ですか……?」

魔女と言えば元の世界の物語などでは一般に悪役のイメージだ。だが、この世界ではそうではない、という程度の事は、俺も教科書やいくつかの本を読んで知っていた。


この世界では、極端に強大な力を持った魔法使いの女性の事を、一般に魔女という。

扱われ方はどちらかといえば「賢者」に近い。もちろん、魔女たちの性格もバラバラなので、全ての魔女がそう、というわけではないらしいが。


「十二魔女というのは、世界でも最も有名な魔女たちの事ですよ。光使い、天原の星術師様といえば、その一人です」

「ということは、その星術師様と同じような大魔法使いがあと11人も?」

「いや、そんなことはないよ」


アーネスト市長が意外なことを言う。十二魔女なのに十二人じゃないのか。元の世界で流行っていた大人数アイドルじゃあるまいに。

「十二の魔女というのは、ラル王神話の中に出てくる言い伝えだよ」


ラル王か、たしか魔法科学の教科書の初めに載っていた、魔法の力を分割したとかいう英雄の名前だ。

「世界には強大な力を持つ十二の魔女がいて、いつか来たる危機のために世界を見つめ続けているって話だ。といっても、全ての魔女が簡単に見つかるわけてではないし、既に亡くなっている魔女もいるから実際には十二人もいないはずだ」

なるほど、そんなものだろうか。


「他にどんな魔女がいるんですか?」

俺がなんとなく気になったことを尋ねると、受付嬢は額に手を当てて少し考えるような姿勢のまま答えた。

「そうですね。私が知っているのだと、大図書館の黒魔女様、くらいでしょうか。」


市長が相槌を打って言葉をつづける。

「このあたりで有名なのは図書館の魔女くらいだろうね。……おっと、そうだ、こんな立ち話をしている場合ではなかった。ギルドの登録、お願いできるかな」


そこで受付嬢は、本来の仕事を思い出したように、ぱちんと手を叩いて胸を揺らした。

「ああ、そうですね。ごめんなさい、余計なことをしゃべってしまって。では、お二人さん、こちらへどうぞ」

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