第40話 ギルド来訪

部屋に戻る途中、ルーシェとすれ違い、反射的に俺は声をかけた。

「ねえ、ルーさん」

「ルーで良いよ。ノエリアちゃん。いや、ノエリア先生、だっけ?」


曖昧に頷きながら、俺は話を進めようとする。

「ルーは、どうしてここで働きたいって思ったの?」


考えてみれば、いや考えなくてもわかる、おかしな話だ。

ルーは今日まで市長に会ったこともなければ、顔も見たことがなかったはずだ。それなのにこの記憶喪失少女は、ロイル村長代理の手紙に追記をさせてまで、市長のもとで働きたいと言っている。どう考えても話が通じていない。


おそらくアーネスト市長はこのことに気が付いている。気が付いたうえで、雇ったのだろう。

食糧が不安定な村で身寄りのない少女を心配したか、あるいはリアナの良い友達になるかもしれないと考えたのか。少なくとも、セラフィの代理という目的が建前に近いものであることは明白だった。


「どうして市長のもとに仕えようって思ったの?」

すると少女は、口許に手を当てて軽く流し目をするような、幼い顔に不釣り合いな大人びた表情を見せ、何かを決めたように悪戯っぽく笑って言った。


「分かった、教えてあげる。けれど、他の人には内緒だからね」

そういって彼女は、片方の拳を、小指を立てて俺の方へ見せた。

「わかった。約束」


俺も同じように小指を立てて、ルーシェのものに軽くひっかける。

指切りをする彼女の表情は、とても満足げだった。それから続けて、ルーシェは何でもないことのように言い放った。


「あたしがここに来たのは、ノエリアちゃん、あなたに会うためだよ」

「………………どういうこと?」

「どういうことだろうね」


相変わらず、ルーシェは悪戯っ子めいた笑みをやめようとはしない。

「今日の夜に、あなたのお部屋に行っていい? 大丈夫。しないから。大事な話があるの」


俺は無言でうなずくしかない。

じゃあね、と言って少女は俺の前を去り、廊下の向こう側にセラフィを見つけては表情をコロっと変え、その方へと駆け寄っていった。




「ノエリア君、ちょっといいかな」

それからしばらくの後、廊下を歩いていた俺に、アーネスト市長が何かを思い出したように声をかけた。

「はい。何か御用でしょうか」


「実は、同業者組合ギルドの視察に行こうと思ってね。リアナを一緒に連れて行こうと思っているんだが、君も来るかな?」

同業者組合ギルド、ですか……?」



ギルド。中世ヨーロッパにおいて商人たちが結成した相互扶助団体に端を発する同業者同士の組合。有力商人が都市貴族としての支配層を形成した商人ギルドと、職種別に職人たちによってつくられ営業権の独占を図った同職ギルドに大別される。というのは、元の世界で俺の担当だった世界史教師の話だ。



以前からこの世界にも似たものがあるという話は様々なところで聞いていたが、俺はまだ実際に同業者組合ギルドという場所を訪れたことはなかった。


「そうだ。ラトリアル魔法学院を受けるなら、ある程度経験は積んでおいた方がいいからね。だた、リアナ一人をギルドに入れるというのも不安だ。だから君にもついてあげて欲しいんだが……どうだろうか」

「えっと、どこの同業者組合ギルドですか?」


「冒険者組合ギルドの魔術師部だよ。16歳以下が加入できて魔法学院の受験に役に立つのは、そこしかないからね」


これは何となく予想通りの答えだった。単にギルドと言えば冒険者組合を指す、と言われるくらい、冒険者ギルドはもっとも一般的なギルドらしいからである。

大した技術も持ち合せていない人間がギルドに行くとなれば、基本的にはそこしかない。


「わかりました。わたしも行きます」




冒険者組合という名前は、魔獣や猛獣が後を絶えず、未発掘のダンジョンが無数に存在した古い時代の名残らしい。

何百年も前には至る所に、小銭を片手に世界を歩いて旅する「冒険者」と呼ばれる人々が存在し、職業として成立していたという。


そんな冒険者たちを統率するため、当時の物好きな貴族といくつかの団体によって設立されたのが冒険者組合である。国の支援と多くの需要に支えられ、その規模は瞬く間に巨大なものになっていった。

現在では、各国の冒険者組合が互いに連携を図り一つの組織のように振る舞うまでに至っている。


だがしかし、現在では実際に世界各国を旅する本当の意味での「冒険者」の数はかなり少なくなっており、むしろ冒険者という職業自体が、便利屋や何でも屋のような様相を呈しつつある。

と、市長はギルドへ向かう道すがら、俺とリアナに向けて話してくれた。


「それで、どうして私が何でも屋の一員にならないといけないのかしら?」

昼寝を邪魔されたらしいリアナは少々不満気だ。

「魔法学院の入試では、魔法関連のギルドでの成績もある程度評価の対象になる。それに、実技試験の練習にもなるだろう。一石二鳥だ」


ふうん、とリアナは適当に言葉を返すリアナに市長は苦笑いをしつつも、前方に一つの建物を見つけて指さした。

「ほら、あれが冒険者組合だ」


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