第37話 合成魔法実践演習

「最近暑くなってきたわね」

リアナがつばの広い麦わら帽子の端から眩しそうに太陽を眺めてぽつりとつぶやく。

俺がこの世界に来た時、どうやらこの世界の季節は春であったらしい。


しかしそれも二か月も前の話。すっかり空は夏の色に染まっていた。

俺とリアナの服装も、近頃は肌の露出の多い半袖ミニスカートになっている。

このミニスカートは、先月の休みにリアナに連れられて行ったヨルムの洋服屋で選んだものである。


夏だから仕方ない……とはいえ、この服装は動きにくいことこの上ないが。

いや、物理的な意味で言うならばむしろ動きやすいのだが……この先は言わなくていいだろう。

「確かに、暑いね」


リアナの言葉にそう相槌を返しながらも俺は、元の世界、つまるところ日本の暑さよりは相当にマシだな、という印象を持っていた。


日本の都市の暑さは、正直言って尋常じゃない。気温と湿度の相乗効果で不快指数大サービスだからな。

しかし、俺が今いる場所の暑さは、空気が乾いているせいもあってかむしろ心地よく感じるほどのものだった。


この世界には空調というものがなく、代替品としては魔法を使うくらいしか方法がないが、それでも十分に暮らしていられそうな気候だ。


「さあ、じゃあまず、さっきの詠唱内容を思い出して、魔法を使ってみて。内容は『do emerge and breeze』にしようかな」


水属性と風属性、それぞれの簡単な魔法を『and』を使って並べただけだ。合成魔法特有の命令文などもあるが、それは少し難易度が高い。

「わかった」


俺とリアナは建物の影が伸びているあたりで向かい合う。

ハッと息を吸って集中力を高め、リアナは言葉を放った。


「『water flow:γ,wind blow:δ;synthetic , do emerge and breeze』」

リアナの見つめる先で拳よりも一回り大きいくらいの水球が生み出され、風に乗ってゆらゆらと動いた。

「……これだけ?」


リアナのその言葉と同時に、水球が落下し、地面に跡を残して消えた。

「『emerge』で水球を作って、『breeze』でそよ風を吹かせてるんだから、あれで成功だよ」


何かおかしい? という感じで俺がリアナの方へ顔を向けると、リアナは納得いかないというような表情で唇をゆがめた。


「あんなに詠唱長いのに?」

まあ、気持ちは分かる。


合成魔法というのは、いってみれば二つの魔法を無理やり一つにしているようなものなので、詠唱時間、つまりは集中していなければならない時間が他に比べ特に長いのだ。

その割に魔法が地味だ、と言いたいのだろう。


「なら、ちょっと見てて」

そうリアナに言って、俺は二、三歩後ろへと下がり距離を取った。


「『water flow:ε,wind blow:μ;synthetic , do stream and whirlwind』」

εは5、μは12。よって、この合成魔法の魔力値は13になる。俺の場合、結局消費値は5になるが。


俺の目の前に水流が現れ、それを瞬間的に旋風が巻き込んで、竜巻のような形を形成していく。

「何これ!?」


リアナが驚きの声を上げるが、できるだけ気にしないようにする。俺の場合、風魔法はともかく、水魔法は集中していなければ途切れてしまうからな。

それはやがて大きく広がっていき、一定の大きさで安定した。半径は1mを超える程度、という所か。

指揮者が演奏を止めるような手の動きで、俺は魔法を解除する。


「ノエリア先生ずるい! 自分だけ」

リアナは少し不機嫌そうだ。まあ、教師役にこんな勝ち誇るような真似をされれば無理もないが。

俺は少し上機嫌になって、リアナに挑戦的な表情を向けた。


「ならリアナもやってみて。『stream』のθ(8)とか、『whirlwind』のζ(6)ぐらいならできるでしょ?」

「……『water flow:μ,wind blow:μ;synthetic , do stream and whirlwind』」


両属性ともμ、つまり12だから、魔力値はおよそ17といったところか、などと冷静に分析……している場合ではなかった。


「ちょっと、リアナ、ダメっ!」

俺をめがけて思いっきり強風で加速された水の奔流を放つリアナは、どこか満足げだ。


「ごめん、わたしが悪かったから!」

「私だって、それなりに上達してるのよっ!」

少し拗ねたようにして言い、リアナはようやく魔法を止めてくれた。



どうやら、俺は少しリアナを甘く見過ぎていたようだ。

気が付かないうちに、かなり魔法の腕を上げていたのだ。


これならば、中等学院の年代の魔法使いとしては、それなりに優秀な部類に入るかもしれない。それでもまだ、名門ラトリアル魔法学院の合格水準には遠く及ばないようだが。


「先生、風邪ひくよ」

「え? ああ、うん」


俺は言われて服を見下ろす。シャツもミニスカートもずぶ濡れになって、肌に張り付いていた。これはひどいな……。


「あと、下着、透けてる……」

「ひやっ」

反射的にしゃがみこんで膝を抱える。

いや、なんでだよ……。


別に今さらそれぐらい恥ずかしくない……というかそもそも俺は男であってだな……。

微妙な気分を抱えながら、俺は授業を一時中断して風呂場へと向かった。

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