第35話 幕間(2)
目を覚ますと、そこは道の上だった。
「えっ……?」
床やフローリングの上ならいざしらず、道端で目を覚ました経験は持ち合わせていない。
あまりの事態に戸惑いを隠せないあたしは、寝起きでボーっとする頭をなんとかはたらかせて、事態を把握しようとする。
確か、帰り道で彼を見つけて、それから……。
思考に靄がかかってうまく思い出せないけど、まあいいか。それよりも居間の状況を把握するのが先決だ。
まず地面に手をついて軽く体を起こす。固い地面で寝ていたから全身が痛い、かと思ったけど、そこまででもない。ただ、どうしてかな。痛みはないけど、体の動きに説明のできない窮屈感を覚える。
「あれ……」
自分の着ている服を見て、あたしは首を傾げる。こんな服、持っていたっけ?
白い単純なデザインのワンピースは、土のせいなのか、薄汚れているみたいだ。
「どういうこと?」
そう呟いた次の瞬間、あたしは口許を手で押さえつけていた。
何? 今の声?
あたしは何かの間違いかと思い直し、心を落ち着けて改めて声を出す。
「あー、あーー……やっぱりおかしい!」
発声器官から紡がれるあたしの声は、記憶の中のあたしとはかけ離れた、あまりにも幼い声だった。
訝しく思ったあたしは、自分の手をまじまじと見つめている。その手のサイズが、いつものあたしの手の大きさと比べてあまりに小さくなっていることは一目瞭然だった。
夢ではないかと思い、試しに頬を引っ張ってみる。
痛い。夢じゃないみたい。
声変わり? そんなわけないよね。
むしろ今あたしが直面しているこの不可解な状況の一部、と考える方が自然かな。
「ここ、どこだろう?」
他の事の衝撃が強すぎて忘れかけていたが、あたしは辺りを見回し、ここがどこなのかを把握しようとする。
コンクリート舗装されていない土の道路が、左右にまっすぐと伸びている。道幅は、車2台は余裕で通れそうなくらいには幅があって、道の外側には短い草がかなり広範囲まで生い茂っていた。
少なくとも家の近くでないことは明らかだ。あたしが住んでいるのは住宅街で、コンクリートで舗装されていない広い道なんて存在するはずがない。
市外の山の方へでも行けばこういう道はあるのかもしれないけど、辺りに広がる景色は、明らかに平野のそれだ。
日本でもかなり田舎の方へ行かなければ、今時こんな風景は見られないんじゃないかと思う。それくらいにそこは、あたしの住む場所とはかけ離れた、自然に満ちた場所だった。
とりあえず、いつまでもこうしていても仕方ないよね。
あたしは立ち上がってみて、その視線が明らかに低いことに気付く。
地面と顔との距離が近いのだ。
どこかの名探偵みたいに身体が縮んでしまったのだろうか? だけど、それじゃあなんで道の上で薄汚れたワンピースを着て寝ていたのだろう。
疑問は尽きないが、ともかくあたしは短くなった手足を動かして道を進むことにした。
人に会えば、何か分かるかもしれないしね。
そう思ってあたしは、勘でこっちだと思った方向に歩みを進める。
犬も歩けば棒に当たる、なんてね。
しばらく歩いていると、道のそばに綺麗な池があるのが見えた。
さすがに池の水なんて飲む気になれないけど、顔を洗うくらいいいよね。
そう思って、あたしは池の傍に駆け寄り、それを覗き込んだ。
透明度の高い水。けれどそれ以上にあたしを驚かせたのは、その水面に映った、あたし自身の顔だった。
「え……だれ?」
池に映る自分の姿は、いつものあたしでも、昔のあたしのものでもない、全く見覚えのない、どちらかというとヨーロッパ系の白人ものだった。ていうか、銀!?
あたしは慌てて手で横髪を掴み、目の前に持ち上げて確かめる。
紛うことなき、絹のようにしなやかな銀髪。見間違いでも、錯覚でもなかった。
「どうなってるの……?」
この体は、どう考えても「あたし」のものではない。面影とか、それ以前の問題だ。
そこであたしは、一週間ほど前に胡散臭いオカルト番組で見た、「憑依」という現象の事を思い出した。
霊が人の体内に入ることで、その人に思考や行動に影響を与える事。場合によってはその人を完全に支配してしまうこともある、だっけ。
ん……、霊!? あれ、あたし死んでるの?
そこまで考えて、ようやくあたしは目が覚める前に何があったのかを思い出した。
そうだ、トラックが突っ込んできて、それで……。
ってことは、やっぱりあたし死んだのかな。やりたいこととか、それなりにいっぱいあったんだけど……。
自分が死んだという事を思い出し、あたしは愕然となる。
と、同時に、別の疑問が沸き上がってきた。
なら、この身体は一体誰の?
おそらくこの子はヨーロッパ人だろう。見た目だけで判断するなら、おそらく日本人ではない。
何か持ち物はないのかと思ってポケットなどを探すが、身分証明書のようなものは何も持ち合わせていないようだった。
けれど困った。これじゃあこの子の名前もわからない。
街でこの子の知り合いに会えればいいんだけど、と思いかけて、やっぱりそれはそれで大変だと思いなおす。
途方に暮れていても仕方がない、と思いその後もあたしは、どこにあるとも知れない人里を目指して歩き続けた。
それから8時間後の事である。お腹がペコペコになり倒れかけていたあたしに、40代くらいの紳士が声をかけてきたのは。
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