第33話 トレント討伐作戦
「なら、私が時間を作るね」
そう言って、俺はトレントの巨体に近づき魔法を放つ。
リアナが森を焼き払うための時間をつくる。ただそれだけの事でも生半可な魔法ではこの敵には無意味だ。
「『wind blow:αω; do squall;』」
さっきと同じ、魔力値48の風魔法を、これもまた同じくトレントの闇を纏った目に向けて放つ。
これではダメージになってもすぐに回復されてしまう。だがそれまでに、触手の動きが止まる時間がほんの少しだけど、ある。
「いまっ!」
「『fire burn:κ;do conflagrate;』」
魔力値10の火魔法。おそらく、今のリアナに十分に制御できるような大きさではない。
だがそれでもいい。重要なことは、この森を、どこでもいいから大きく燃やすことなのだ。
リアナが放った魔法は無事近くにあった木の一つに火をつけることに成功し、そこから次々に燃え広がっていく。
そして、最初に火がついた木、その全体が黒く焦げた頃、俺の予想していたことが起きた。
突然に、木全体が形を失って崩れ落ち、灰になってしまったのである。
そしてそのまま、周囲の木々が次々と形を失っていき、たくさんの灰がその周囲に残った。
「そろそろ十分かな」
これが上手くいかなかったら万事休す、かな。
「『wind blow:αω; do tornado;』、リアナ、水魔法の『mist』!上に向けて強く!」
俺の魔法と同時に、大量の灰塵が竜巻によって宙に引き上げられる。
「きゃっ! わ、分かったわ、えっと、『water flow:θ; do mist;』!」
竜巻の魔法で空に舞い上がった大量の灰の後を追うようにして、霧が逆さに降る雨のように上っていった。
あとは俺が、風を使って灰の動きを調整すればいい。空中で保ったまま落ちてこないように、葉に纏わせるように、上手く。
上を向いたいたままずっと意識を集中させなければならないので神経の疲弊が激しいが、やめるわけにはいかない。今止めてしまえば、俺もリアナも文字通りの「シンデレラ」だ。
俺の狙い、それは、大量の灰を使ってトレントの葉を覆い、霧によって付着させることで、トレントの
トレントの目の下にある口に見える部分は、発声器官であって呼吸器官ではない。
あくまで呼吸をしているのは、植物と同じ気孔。つまりは主に葉なのである。
水を含み泥のようになった灰が、トレントの葉を、表裏共にくまなく覆っていく。
トレントは、何度も呻き声のような叫びを上げた。
確実に体力を奪っていっている、という実感があった。そして、回復することは無い。当然だ。葉が灰に覆われていては、光合成に必要な光を取り込むことも出来ない。それ以前に、光合成に必要なエネルギーを生産するための呼吸すらも止められているのだ。魔力など生産できるはずがない。
トレントは、やがてその睨むように大きな眼を、悔しげにゆっくりと閉じた。
たちまちその巨木は内側から腐食し、ぼろぼろに崩れて倒れた。土に還る、ということなのだろう。
「あなた、ねえ、大丈夫?」
ようやく拘束が解かれた少女は、支えを失ってそのままその場に倒れ伏してしまった。
「魔力を吸われて弱ってるってことかな」
「そうね」
まあ、しばらくここで休ませておけばいいだろう。そう思った矢先、俺は妙な臭いを感じて周囲を見回した。
「何か燃えてる?......あっ!」
そうだ、まだ木を燃やしたままだった。自然に消えるだろうと思っていたが、火というのはそんなに甘いものではないらしい。
火は既に、俺が灰を利用させてもらった二、三十本の木、その数倍の範囲にまで燃え広がってしまっていた。
「ノエリア先生、どうするの? 私もう、そんなに魔力残ってないわよ」
それはそうだ。大体こんな火事、仮にリアナが万全の状態だったとしても消火する手段はあるまい。
「は、早く逃げないと」
しかし、足元にはいまだ体を仰向けにして意識を失っている少女がいる。
担いで走るほどの体力は、今の、少女の体でかつ疲労困憊の俺にはない。
「......そんな」
こんな落とし穴があったなんて。
トレントに殺されるのではなく、自分たちが放った魔法で死ぬ事になるとは。なんて間抜けなんだ。
赤々と燃え上がる木々。その光を見て、リアナは虚しそうに目を伏せる。
もう駄目だ。
そうして俺たちが諦めかけたその時、どこからか、朗らかに魔法を詠む声が聞こえてきた。
「『water flow:δδ; do rapid-stream;』」
魔力値100。見たこともないような水の奔流。紛う事無き大魔法。
それと同時に大滝のような莫大な量の水が空から流れ込んできて、一瞬にして森に広がった火を消してしまった。
「えっ……?」
リアナが思わぬ不意打ちに、気の抜けたような情けない表情をする。
「あら、あなたたち。こんなところで火遊び……ってわけではなさそうね」
そう言って森の奥の方から現れたのは、ヨルム市市長、アレシアさんだった。
前にあった時とは異なり、ラベンダーの色合いをしたローブを身に纏っている。
「アレシアさん、どうしてここに?」
「仕事でこの近くの街道を通りかかったら、森が燃えていているのが見えたのよ。だから慌てて消火しに来たの」
そう答えたアレシア市長は、崩れ果てた巨木の残骸、そして俺たちの傍で眠る少女の姿を順番に見まわして俺たちに少しおどけたような笑みを向けた。
「まあいいわ、とにかく森を出ましょう。話を聞くのとお説教は、その後にしてあげるわ」
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