第21話 屋台と昼食

風呂場から上がり、濡れてしまった服が乾いた頃には、時刻は既に12時を過ぎていた。

昼食を用意しようとしてくれたアレシア市長に丁寧に断りを入れて、俺たちは屋敷を辞去した。


「たまには外食がいいでしょう、ノエリア先生?」

「うん。それで、どこに行くの?」


リアナは、ヨルム市に来るとよく行くところがあるという。今日もそこに行くつもりらしい。

「着いてからのお楽しみ、よ」



リアナが、お楽しみ、と表現した場所。

一言で表現するならばそれは、屋台通りだった。


通りの両端、建物に沿うようにして、一面、屋台が並んでいる。それはまるで、縁日の出店か何かのようだった。

「ここって、いつもこうなの?」

「そうよ。この街は、南にある聖堂せいどうが目当ての観光客が多いから、これで商売が成立するの。観光の間の暇な時間、富裕層は高価なブランドショップを見て回って、庶民は屋台でお腹を満たすってわけよ」


確かにお昼時ということもあってか、屋台はそれなりに賑わっているようだった。値段も手頃で、庶民にも手が出やすい、ということらしかった。


屋台で売られているものは、食べ歩きができるような軽いものから、家に持って帰って食べるような一食分の料理まで、多岐に渡っている。


「なにか、食べたいものはあるかしら?」

「うーん……迷うなあ」


そして俺は一つ、気になる店があるのを見つけた。しかしそれは、食べ物を出す店ではない。

「リアナ、あれ……」


その店が売る物の一つを指さして問うと、リアナは不審そうに首を傾げた。

「あれは……何かしら? 見たこと無いわね。新商品、かしら」


おっとりとした感じの三十代ぐらいの女性が店番をしているその店に並べられていたのは、いわゆる雑貨の類である。食べ物を出す店に交じって、雑貨や日用品を売る店もちらほらとあるようだった。

そしてその中で俺が気になったもの、それは、手のひらに収まる大きさの、小豆のようなものを入れて布を縫いくるんだ玩具。すなわち、お手玉である。


俺の元の世界での唯一の趣味、それはジャグリングであった。それと似た遊びであるお手玉も、もちろん小さいころから経験がある。

まさか、この異世界でお手玉に出会えるとは。


「何、あれが気になるの、ノエリア先生?」

「え、いや、まあね。知ってる? お手玉って」


そう問いかけると、リアナは唇に指をあてて、記憶をたどるように眉間にしわを寄せた。


「そういえば、どこかで聞いたことがあるわね。アレシアさんから、かしら。子供の遊び道具、とか言っていたような気がするけれど、実物を見せてもらったことはないわ。あれが、そうなの?」

うん、と頷き返す。

いくつか買おうかとも思ったが、一つ青銅貨4枚と意外に高い。今日はやめておくことにした。



それから俺とリアナはそれぞれ、好みに合う料理を屋台の中から見つけ出し、昼食にする。

俺が選んだライ麦サンドは、値段にして銅貨三枚。ギリギリ、俺が元々持っていたお金(ノエリアが、だが)で足りる金額であった。


ライ麦サンドとは、ライ麦のパンに、甘辛く焼いて小さく切った鶏肉を挟んだだけの料理である。

一見すると適当な料理だ。しかし、塩の効いた鶏肉に、ライ麦の素朴な味がよくあっていて意外とうまかった。元の世界の料理で近いものと言えば、カツサンドあたりだろうか。


空腹を満たした俺とリアナが次に向かったのは、服屋である。


市の中心部に所狭しと立ち並ぶ服飾店。ブティックやブランドショップのような雰囲気のする場所から、大衆向けの比較的質素な服を扱う店までさまざまな種類があった。


俺はリアナに連れられて、街の一角の少し大きな婦人服店へと向かっていった。


「いらっしゃいませ」


制服のようなものを着た店員らしき人に軽く会釈をして、中に入る。

当たり前の事だが、元の世界で彼女もいなかった俺に、婦人服店に入った経験はない。


従ってどこに視線をやっていいのかわからず中空に視線を彷徨わせることになり、それはそれで不審者っぽいから困る。


「さあ、ノエリア先生、選びましょう。ここの服は仕立てが良くって、しかも安いのよ。半銀貨1枚あれば、大抵の服は買えると思うわ」


半銀貨1枚、か。俺は頭の中で一瞬計算してみる。

半銀貨1枚といえば、分銀五枚だ。そして分銀5枚=純銅貨10枚=青銅貨100枚だ。


つまり、日本円にして一万円。それは果たして安いのか? と思ってしまったが、女性の服は何かと高いと聞く。きっとそんなものなのだろう。


地方貴族でもあるリアナと一緒にいるのに、あまりだらしのない格好は出来ないしな。


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