第20話 休息と小さな嫉妬
鼻歌を唄いながら、リアナは大きな浴槽へと身を沈めていた。
この世界の童話か何かなのだろうが、当然俺の知らない歌だ。
「ふふ、ノエリア先生と一緒にお風呂に入るなんて、初めてね」
リアナは愉しげに、俺の方へ向かって声をかける。
俺とリアナは庭での魔法練習でずぶ濡れになった後、服を乾かしてもらっている間、屋敷のお風呂を借りていた。
アレシア市長も一緒に入りたがっていたが、リアナが頑に拒否したからか諦めたようである。
「市長と一緒に入るの、何がそんなに嫌だったの?」
俺は、髪の毛を石のような見かけの石鹸で洗いながら、リアナに問いかける。
何度やっても、長い髪を洗うという行為には慣れない。
「それは……あれよ、恥ずかしいからよ」
女性同士でもやはり一緒に風呂に入るのは恥ずかしいものなのか?
ちなみに今俺はめちゃくちゃ恥ずかしかい。風呂場に来てから、まだ一度もリアナの方には視線をやってはいない。
「そんなものかな?」
「そんなものよ。まだ、成長途中だし……」
リアナがそう言いながら首を下に向けるのを、俺は視線の先でわずかに感じた。
ああ、そういうことか。と、納得する俺も、決して他人事ではない。
ノエリア、つまり俺の身体の胸はまだまだ小さく、ふくらみかけ、といった程度ではあるが、それでも今後大きくなっていくことは十分に考えられる。
この体の少女には悪いが、出来る限り成長しないでほしい。その、あれだ、色々困るから。
髪を洗い終えて浴槽に移動した俺の視界には、否が応にもリアナの姿が入ってくる。背中を向けてしまえばいいのかもしれないが、それはそれで14歳の少女としては不自然になってしまう。
「ふぅ、良いお湯ね、ノエリア先生」
リアナが熱さで上気した顔についた水滴を手の甲で拭いながら、俺の方へ声をかける。
「そ……そう、だね」
滑らかな白い肌に、真珠のように丸い水の玉が浮いて輝いている。
銀色の長い髪も、水に濡れて一層艶っぽくなっていた。
正直に言って、俺の理性は爆発寸前である。
いや、爆発したところでどうなるわけでもないんだけど。
俺が必死に平静を保とうとしていると、リアナは不意に、くるりとこちらに体を向けてきた。
「......?」
口許に指先を当てて黙り込むリアナに俺が困惑していると、突如思い立ったようにしてリアナが俺の胸元へと飛び込んできた。
「にゃあっ!」
思いがけず、あられもない悲鳴が口から漏れ出る。
リアナは一切の遠慮なく、美術品を鑑定するような手つきで俺の胸に両手を押し当てた。
「な、なにするの!」
何とか口調を維持しながら、俺は抗議の声を上げる。
しかし、リアナはその声に耳を傾けようともせず、手つきを変えながら何度も俺の胸を触る。
何だかだんだんと意識が白くなってきた。
「だめ、リアナ、やめて、ホントに、ひゃぅっん!」
額に玉の汗を浮かべながら、俺は声を努めて抑えようとする。
これ以上は耐えられない、俺がそう思ったところで、リアナは不意に手を放して俺を解放した。
「んー、やっぱり、こんなものよね」
顔には、満足そうな表情を浮かべて何度もうんうんと頷いている。
一方の俺はその場にへたり込み、顔の半分まで湯船に落ちる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
本当にヤバいかと思った。
そういえば、アレシアさんの胸は結構な大きさだったっけ。きっと、それを気にしているのだろう。
自分の胸が同年代の女の子に比べて小さくわけじゃないとか、そういうことを確認したかったんだろうか。
まあいいわ、と呟いて、リアナはまた何事もなかったかのように湯船に肩をつける。
俺が呼吸を整て再びリアナの姿を直視できるようになるまでには、相当な時間を要した。
リアナが背中を流してあげるというので、お言葉に甘えて背中を布で擦ってもらっている。だが、やめておいた方が良かったと、始めてから後悔した。
リアナの姿を直視しないで済むのはいいのだが、代わりにリアナの息遣いが耳にあたって異常にくすぐったい。
俺は適当に話のタネを探して、意識を逸そうとした。
「そういえばリアナ、『emerge』の魔法、いつの間に練習したの?」
「え? ああ、昨日の夜に、お風呂で、ちょっとね。夜に外に出るのは寒いけど、水魔法を部屋の中で使うわけにもいかないでしょう?」
昨日俺が考えたことと全く同じだ。風呂場で水魔法を練習するのは、実は定番だったりするのだろうか。
「昨日、残りの魔力が半分以下になるまで練習したのよ。そしたら、疲れを癒すためにお風呂に入ったのか、疲れるためにお風呂に入ったのか、分からなくなっちゃったわ」
やや自嘲気味に言って、リアナは笑った。
「それでやっと昨日、『
嘆くような口調だが、その実、表情は愉しそうだ。リアナもそれなりに努力をしているらしい。魔法学院を受験しようとしているのだから、当然と言えば当然かもしれないが。
「それよりノエリア先生、いつの間に『ω』の魔法なんて使えるようになったの? 昨日『α』の『emerge』を使った時は、私とそんなに変わらなかったのに」
と、不満げにリアナが唇を尖らせる。
「それは、わたしもよく分からないんだけどね。セラフィさんが言うには、風魔法の適性だけが異常に高いんじゃないか、って」
「ふぅん……」
納得したのかしていないのか、曖昧な表情を浮かべるリアナ。
このことばかりは、俺にもこれ意外に説明のしようがない。
黙って背中を流し続けるリアナ。
そして、リアナは不意に、ふっと吹っ切れたように顔を上げた
「それじゃあ、ノエリア先生、次、あたしの
「あ、うん、わかった。......って、『身体』? 背中じゃなくて?」
「違うわ、身体よ。はい、お願いね」
そう言って、リアナは布を差し出してきた。
こうして俺は、微妙に不機嫌そうなリアナの、背中
疲れを癒すためにお風呂に入ったのか、疲れるためにお風呂に入ったのか、本当によくわからない。
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