第22話 服選びともう一つ

「ねえ、これなんてどう、ノエリア先生」

俺が並べられた服を眺める暇もなく、リアナがそう言って、一着の服を勧めてくる。


それは、黒を基調とし、胸元に白のフリフリがあり、やたらとスカートに襞が付いている。いわゆるゴスロリファッションだった。


というか、昨日リアナが着ていた服も、こんな感じだったような気がする。

もしかして、リアナの趣味なのだろうか?


「え、ああ、うん、ありがとう」

とりあえずその服を受け取っておく。


「うーん、じゃあ、これは?」

今度は水色のサマードレスである。スカートは下の方に向って色が薄くなっていく、いわゆるグラデーション、というやつだ。


可愛いね、などと適当な感想を言いながらその服も同じように受け取る。

「これはどうかしら?」


次にリアナが俺に見せたのは、ピンク色のミニスカートである。それも、レースクイーンの女の人が来ているようなレベルの短さだ。とてもこれを着て街中を歩ける気はしない。


「あ、あとこれは?」

続いてリアナが手に取ったのは、肩と胸元が大きく開いた赤色のドレスである。これを一般に何と呼ぶか俺は知らない。というか、胸がないのに胸元の開いた服ってどうなんだ。


「ねえねえ、じゃあ、これはどう、先生」

リアナの手に握られているのは明らかにチャイナドレスである。というかこの世界、チャイナドレスの文化あるんだ。ヘー、ベンキョウニナリマス。


もはやリアナは、俺の言葉など聞いてはいないようである。

そのまま試着室へと押し込まれた俺は、リアナの前で一人ファッションショーをすることになった。

ミニスカートは足元が不安過ぎてもはや立っていられないし、最後の2着はいまだ成長過程の身体に着せるのがそもそも酷、というような有様だった。


結局、最初の2着を買い、ちょうど正銀貨1枚、リアナの言ったとおりの値段だった。



「どうせだったら、下着も買った方がいいんじゃないかしら? ノエリア先生」

そう言ってノエリアが指さしたのは、さっきまで俺たちがいた店の真向かいにある、ランジェリーショップと思しき店だった。


ガラス越しに女性物の下着が並べられているのが見え隠れするその様子は、正直に言って視線を向けるのすら憚ってしまう。


「え、いや、わたしはいいよ。下着なんて」

まして、あんな所に入るなど以ての外だ。下着――つまり、シャツやショーツ――は、3着ほどしか持ってはいないが、多分、きっと何とかなる。何とかなると信じてる。


「そう? まあ、無理にとは言わないけれど。そういえば先生って、その......ブラジャーって、どんなのつけてるの?」


少し恥ずかしそうに声を小さくしながら尋ねてくるリアナに、思わず俺は首を傾げた。

「え、ブラジャー......? つけてないけど」

いや、正確には、この世界に初めて来た時には、ノエリアはブラジャーと呼ばれるような下着を着けていたように思う。


だが、一度その服から着替えて以降、俺は一度もそれを身につけてはいなかった。あんなもの、キレるわけがない。

「着けてないの!? え、どうして?」

リアナは、さっきまでの恥じらいが嘘だったかのように叫ぶ。叫ぶほどの事ですか、リアナさん。


「え、いや、だって、胸、そんなに育ってないし、要らないかなって」

「そんなわけないでしょうっ!」


道の真ん中にいることも忘れ、リアナは大声を出す。何人かの人々が、不審そうにこちらを見ながら通り過ぎていった。不審な者じゃありませーん。


「何を、そんなに怒ってるの?」

「何を、じゃないわよ! それじゃあなに、ノエリア先生、ブラ、一枚も持ってないの?」

「え、うん」


俺はやや前のめりになって言うリアナに、ややたじろぎながらも頷く。

それを見て愕然としたリアナは、やや困惑したままの俺の腕を取り、ランジェリーショップまで引きずり込んで行った。



そのままの勢いで、リアナは俺に2、3着の下着を見繕う。

結局、気が付いた頃には、俺は片手にブラジャーを引っ掛けられて試着室に入れられていた。


「要らないと思うんだがな......」

俺は独り言を呟き、極めて平坦な自分の体を見やった。

「というか、そもそもこれ、どうやって着るんだ......?」


その形から察するに、後ろで紐を結べばいいのだろうことは分かる。

それで、留めてから入れるのか? それとも入れてから留めるのか?

そもそも入れるほどの大きさものが無いのだが。


リアナは小さめのサイズのものを選んでくれてはいるようだが、それでも若干隙間ができるだろうという大きさだ。その隙間はそのままでいいのか? それともハチマキを締める時みたいに縛るべきなのか?


疑問は尽きないが、とりあえず適当に試してみる。

ここはこうか……、駄目だ、これじゃあ腕が入らない……。


そうして何度かの失敗と再挑戦を繰り返したのち、俺はようやく正解らしきものにたどり着くことができた。失敗は成功の母ってね。


やはり若干大きいような気はするが、仕方ない。初めに強くあった羞恥心は、試行錯誤を繰り返しているうちに、いつの間にか消えてしまっていた。


「リアナ、どう?」

俺は前で待っているであろうリアナの感想を聞くために、試着室を出る。そして、

「なんで下着のまま出てくるの! 先生っ!」

そう叫びながら、血相を変えて突進してきたリアナに押し倒され、俺は試着室の床に頭を打ち付けた。



「ノエリア先生って、ちょっと、非じょうし……抜けてるところ、あるわよね」

「アハハ、そ、そうかな?」


結局、ランジェリーショップで3着のブラジャーを半銀貨1枚で購入し、俺とリアナは店を出た。

リアナは呆れたように苦笑いを浮かべていたが、不審がっているというよりは、むしろ面白がっているようだった。


「そうよ、だいたい、その歳でブラも着けてないなんて、非常識が過ぎるわ」


そんなことを言われたって、元の世界で女子がいつからそういった下着を着けているか、なんて、気にしたこともなかったのだから仕方がない。


この世界に来て初めて服を着替えた時も、どちらかといえば幼児体型に近いノエリアがブラジャーを着けているのを見て、ませているんだな、という程度の感想しか持たなかったからな。


「いい、だいたいね――」

そう言って、リアナはブラジャーをつけることの重要性を滔々とうとうと語り始めた。

胸が擦れる、痛む、垂れる、等々。

まだ垂れるとかいうような大きさじゃないんじゃないか、など、言いたいことはあったが、俺は素直にリアナの言葉にうなずいておいた。

これ以上、女の子に下着について説教されるのは御免である。


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