第18話 『一桁』の魔法
「―――というわけで、あれは一種の蘇生術ですが、魔法ではありません」
俺は人工呼吸と言うものについて簡単に説明した。このあたりはきちんと弁明しておかないと、リアナに何を思われるか分かったものではない。
「なるほどね、それでキスをしていたのね。よく分かったわ、ノエちゃん」
全然わかってくれなかったようである。あれはキスではない。人工呼吸だ。
「ふん、まあいいわ」
リアナはそれでもどこか不服そうに、というか少し頬を赤らめ照れたように言った。
もしかして、ファーストキスだったりしたのだろうか。それなら悪いことをしてしまったかもしれない。いや、だからキスじゃないって。
「それじゃあノエちゃんは、魔法は使ったことはないのかしら?」
「いえ、最近始めたばかりですが、使ったことはありますよ。これでも一応、リアナの家庭教師ですから」
俺が薄い胸を張って言うと、市長は少し意外そうな表情を浮かべ、独り言のように呟いた。
「あら、そうなの? 家庭教師だなんてただの建前だと思っていたのだけど。アーネストも、案外抜け目ないのね」
そして市長はパチンと一つ手を叩き、立ち上がった。
「なら、アタシが魔法の手ほどきをしてあげるわ。これでも腕には自信があるのよ」
アレシア市長に連れられ、俺たちは屋敷の広い庭に来ていた。
ヴェルタ市の屋敷の中庭も結構広いが、その倍はあるだろうかという広さ。
そして、庭の中央には魔法陣のようなものが描かれているようだ。
「......だから、魔法の各属性には、指向性というものが存在するの。これを利用したものがは合成魔法ね。かのバルアロス
と、こんな具合で、魔法に関することと歴史上の大魔法使いに関することとを、豊満な胸の下あたりで腕を組んだ姿勢のまま、話し続けるアレシア市長。
初めは、彼女が家庭教師をすればよかったのでは、と思うような流暢な説明だった。だがダメだ、もはや完全に自分の世界に入ってしまっている。
話を聞いていて分かったが、この人は多分、魔法オタクなのだ。それも相当の。
屋敷の中に飾られていた魔法使いたちの絵も、彼女の趣味なのだろう。
そう考えていくと、この屋敷の庭が広いのも、魔法の練習のためではないかと思えてきてしまう。
「......と、いうわけなの。分かる?」
「え、ああ、はい......まあ」
曖昧に頷いておく。正直に言うなら、半分も理解出来なかった。
内容を予習している俺でさえそうなのだから、リアナはちんぷんかんぷんであっただろう。
そんな俺たちの様子をアレシア市長もようやく悟ったのか、苦笑いを浮かべて方針を転換した。
「ならそうね......実際に、魔法を使ってみてくれるかしら?」
庭の広い場所に出て、俺は、じゃあ行きます、とアレシアに声をかけた。
「ノエちゃん、いつでもどうぞ」
「えっと......『wind blow:
俺は、今朝セラフィに教わったばかりの魔法を詠唱する。魔法の対象は、用意してもらった藁の束だ。
渦巻く風に載せられて、藁が浮かび上がり、激しく円を描く。魔力値10とはいえ、なかなか侮れない強さだ。
「なかなか上手いわね、ノエちゃん。その歳にしては上出来だわ」
そう言ってアレシア市長は軽く拍手をする。
「それで、魔力値はいくらぐらいまで使えるの?」
俺は魔法をやめて、市長の質問の答えを考える。魔力値とは、古代数字(ギリシャ文字)で表現される、魔法の威力の事だ。
確か馬車で盗賊鷲に襲われた時、咄嗟にωで魔法を使った覚えがある。それでも、魔力は全く減らなかったが。
「えっと、
俺の言葉に、驚いたように目を見開くアレシア。
それはそうだろう。ωといえば、ギリシャ文字の最後の文字だ。俺が知る限りでは、最高の魔法である。
だが、その後アレシアから発せられた言葉は、俺の予想とは少し違っていた。
「ωまで、ね。なら、
初心者魔法? え、ωでもまだ初心者魔法なのか?
もちろん、この世界の最高がこのレベルということは無いだろう。
そんなに甘いとは俺も思ってはいない。
だが、古代数字、つまりはギリシャ文字で最後のωで初心者というのは、どういう事だ?
「初心者魔法、ですか?」
「そうよ。まあ、学生で初心者魔法以外を扱うことは、ラトリアルの学院にでも行かない限りは無いでしょうけどね」
そう、安心させようとするような口調で言うアレシア市長。
一方俺の横で話を聞いていたリアナは、むしろ、突如登場した学院の名前の方に反応し、驚いたような表情を浮かべていた。やはりリアナにも、学院への思いは少なからずあるらしい。
「けれど、そうね、例えば魔法軍とかだと、ωまでの魔法を初心者魔法とか一桁魔法って呼んだりしてるわ」
「一桁魔法って何なの?」
リアナの問いに、アレシアは少し考えるような素振りを見せた。説明の仕方を考えているようだ。
「そうね......まあ、一言で言ってしまうなら、魔力値が一桁の魔法ってことなんだけれど」
一桁? ωは数字に換算すると24だ。一桁ではない。
「一桁なの? ωが?」
リアナも同じ疑問を持ったようで、そう問いを発する。
「そうよ。えっと、「算術-Ⅱ」の「進法」ってところを読めば分かるわ。帰ったら勉強しなさい」
そう言って、説明を放棄するアレシア市長。
その態度に、えー、とリアナは不満げな声を漏らす。
だが俺は、むしろその言葉で、市長の言わんとするところを理解していた。
「進法」とは、数学における概念の一つである。
普段使っている「十進法」なら10、というように、
そして魔力値では、それがω、つまり24ということなのだろう。
つまり、α、βと進んでωまでが一桁の魔法。そしてさらにααから始まり、αβ、αγ、......αω、βα、ββ、βγ、......βω、......ωωまでが二桁の魔法、ということだ。
そして、もしそうなら、ωωの魔力値は500を上回る値になる。
それに、アレシアの言い方では、三桁や四桁の魔法が存在する可能性もありそうだ。
俺はこの世界の魔法という力の無制限さに、今更ながら驚きを隠さずにはいられなかった。
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(注):使っている数字は24種類ですが、「0」を表す数字を作っていないことから、厳密には24進法とは一致しません。
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