第13話 幕間(1)

彼は、不思議な人間だった。

彼とあたしは、小学校に入学したときから一緒だった。


彼はよく挨拶あいさつをし、横断歩道は必ず手を上げて渡り、級友の手助けも積極的にこなすというきわめて模範もはん的な生徒で、教師たちからの評判ひょうばんも良かった。


彼はいつだって、人前では明るい表情をくずすことはなかった。

あたしも、それが彼という人間の全てだと思っていた。



あたしと彼の関係に転機てんきが訪れたのは、小学四年の夏だった。

彼の家は、あたしの住む家の近くにあった。


その日、友達と別れた後なのか、一人で帰途きとにつく彼の黒いランドセルが、あたしの目にまった。

あたしは不意にその彼の横顔をのぞき見たい衝動しょうどうられた。多分、一人でいる彼の姿をめずらしいと思ったからだろう。


小学生らしい奔放ほんぽうさで彼にしのり、学校指定の黄色い帽子の下に見た彼の横顔には、―――ひど物憂ものうげな色が浮かんでいた。


「やっほー!」

次の瞬間には、あたしは足音を忍ばせていたことなど忘れ、彼の横顔に向けてさけんでいた。

「わっ、……やあ」


驚いたような声を上げた彼は、しかし次の瞬間には、まるでお面を付けえるような素早さで、いつもの笑みを浮かべていた。


そのことがあたしには、隠し事をされたようで不満だった。


「どうしたの、何かあった?」

あたしは追及をするように彼の目をのぞき込む。


「え、何が?」

彼は、少しのけぞった姿勢のままとぼけるように言う。


結局その日、彼は同じような言葉を返すだけで、あたしが求めていた答えを得ることはできなかった。

けれども、彼が一瞬だけ見せたあの憂鬱ゆううつな表情がみょうに気になってしまったあたしは、それから積極的に彼に話しかけるようになった。



中学に上がり、他の生徒たちが部活動選びにせいを出している中で、彼はどの部活にも入ろうとしなかった。


中学でも模範生徒の筆頭ひっとうであった彼が部活動に所属しないことを、担任だった若い教師はいぶかしんでいた。でも、あたしだけはその理由を知っていた。


彼はいつも、家でジャグリングの練習をしていたのだ。

ジャグリングは、小学6年生の頃からの、彼の隠れた趣味だった。


そして、あたしはそれを一緒にするため、部活動がない日や休日には彼の家を訪れるようになっていた。

それをしている間だけは、彼は本当に楽しそうな表情を見せていた。それは、いつも彼が学校で見せていた、貼り付けたような笑みとは、なるものだった。


受験勉強の末、あたしと彼はともに、同じ第一志望であった高校に進学した。

その頃になっても、あたしは頻繁ひんぱんに彼の家を訪ねていた。だがそれは、恋人と言うような言葉で形容けいようされるような関係ではなかったように思う。


高校2年、理系クラスでもトップクラスの成績であった彼は、やはり勉強に多くの時間を割くようになっていた。それでも彼は、ジャグリングをやめてはいなかった。


夏のある日の帰宅途中、あたしは見慣れた後ろ姿を前方に見つけて、追いつこうと少し歩調を速めた。

信号の前で立ち止まり、微動びどうだにしない彼。きっと今も、あの物憂げな顔をしているのだろう。


そんなことを思いながら彼の背中に駆け寄ろうとしたちょうどその時、不意にひびいた轟音ごうおんが私の耳をつんざいた。

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