第8話 魔法科学の授業

午後。明日の懸案けんあんであった魔法実技に、とりあえずの目処めどを立てた俺は、一安心といった感じで今日の授業|臨んだ。


俺がリアナに教えなければならない科目は、「算術」「魔法科学」「地理歴史」「教典」「書学」の五科目である。


当然、魔法学院というだけあり、「魔法科学」の配点は高くなっていた。


そしてその他に、ラトリアル魔法学院の入学試験では、「魔法実技」などの実技試験がいくつかあるらしい。


入試は20歳までであれば誰でも受けることが出来る。つまり受けるチャンスは多いが、その分倍率が高くかなりの難関、と市長は言っていた。


今日の科目は「魔法科学」だった。


実際の魔法の使い方を学ぶ魔法実技に対して、魔法の仕組みや理論などを学ぶのが魔法科学だ。

端的に言えば理科、それも物理や化学に似ているようだった。


「えっと、それじゃあ教科書開けて」

「はーい。この本、ほとんど使ってなかったのよね」


そういって、リアナは真新しい教科書を開いた。この教科書は、俺がノエリアの自宅から持ってきたものと同じものである。

魔法学院進学を目指す人の多くが持っている、最も一般的な入門書らしい。


「前の先生には教わらなかったの?」

「ほとんどね。二回目の魔法科学の授業をするはずだった日に、いなくなっちゃったのよ」


失踪しっそうしたかつての家庭教師を思い出すように、リアナは視線を中空に向けた。


正直に言って、それは俺にとっては助かる。リアナに教えるために予習はかなりしたつもりだが、それでもこの教科書の半分も終わっていない。


教科書の最初から教えるのであれば、その分予習に時間的な余裕が取れるというものだ。


「なら、授業を始めよっか」

「そうね。お願い」


この世界の魔法は、自然魔法、無機魔法、哲理てつり魔法の3つに大別される。


そして、そのそれぞれに4種類の属性が存在する。

まずそれらを覚えるところから始めるのだ。


「自然魔法は水、風、土、かおり、それと雷、はがね、火、毒が無機魔法だったわね、あと何だったかしら」

「哲理魔法で光、影、黒、白だね」


この12種は、学院を受験する上では必ず覚えなければならない。


「これって誰が決めたのかしらね。こんなに細かくわけなくてもいいのに」


少し不満そうにリアナが口にする。確かに、これだけ覚えるのは億劫おっくうだ。


「次のページにその事が書いてあるよ」

魔法の起源と書かれたそのページには、古代文書の写しとともに、その簡単な説明書きがされていた。


「何、この文書」

「6000年ほど前に書かれた古文書だってさ。通称、ラル王の古文書」


正直、この手の古文書の信用性というのは分からないものだ。


だがこうして教科書にも採用されているところを見ると、少なくともこの世界では、ここに書かれていることが正しいと信じられているのだろう。


6000年前に神、アルテミスが降臨し、その時に世界に魔術が生まれた。


当時のラル王は、それらが1つになり莫大ばくだいな力を持つことを防ぐため、12に力を分散させるよう、アルテミスに頼んだ。ということのようだ。正直胡散臭うさんくさい。


その証拠となるものはいくつも見つかっているらしく、必ずしも眉唾まゆつばな話というわけではないらしいが。


ラル王は今も、先見の明によって世界の崩壊を防いだ英雄として、讃えられているようだ。


「でも、分けすぎじゃないかしら。慎重過ぎる男は好きじゃないわ」


歴史上の英雄を、リアナが真っ向から非難する。そして慎重過ぎる男(今は女だが)の自覚がある俺はひそかにショックを受けた。


「そ、そうかな、慎重なのも、大事だと思うけど」

「そうかしら? じゃあ、先生は慎重なタイプの男の人が好きなの?」

「へ?」


当然にして俺に好きな男のタイプなどない。

俺は職権しょっけんを利用して強引に話を戻した。


「ほら、早く授業の続きするよ」


本の中でも前置き扱いになっている部分が終わり、ようやく魔法科学の本題に入る。


「まず、そもそも魔法とはなにか、ってところ。何だと思う?」

「何って、魔法は魔法じゃないの?」


リアナは戸惑とまどったように眉をひそめた。


「まあ、確かにそうだけど……。えっと、なら、魔法ってどんな仕組みだと思う?」


質問を変えると、リアナはこくりと首をかしげて、

「仕組みって……わからないわ」


と笑った。まあ、普通そうだよな。魔法と言うのは仕組みが分からないから魔法と言うのだ。原理があるなら魔法じゃない。


だが、この世界ではどうもそうではないらしい。


「魔法っていうのは、魔素まそというものを操作し、エネルギーを生み出すこと、だよ」


俺は教科書に大きく書かれた魔法の定義をそのまま音読した。

「魔素って何よ?」


「空気中に浮いている、小さな粒」

そう言って俺は、空気をつかむような動きをして見せる。


「うーん……、想像つかないわ」


リアナはまるで空中に浮遊する小さな粒を探すように首を回し、そして諦めたように首を振った。


「そして魔素の持つ最大の特徴は、生き物によって操作される、ということ」


「生き物によって?」

「そう。生き物だから、人間じゃなくて動植物も、この魔素を操作することができるんだ」


リアナは納得していないというような表情で腕を組む。


「どうやって?」

「動植物の場合は本能だけど、人間の場合は思考、つまり考える事。どうしてそれができるかと聞かれれば、6000年前の神様のおかげとしか言えないんだけどね」


結局、なぜその操作ができるかまでは突き止められていないらしい。


やはり、神のわざといったところか。


「思考? なら、考えれば魔法が使えるってこと? 浮かべ、とか」


リアナは視線の先に置かれた本に半分期待するような眼差まなざしを向けるが、当然にしてそれは微動だにしない。


「考えるだけじゃあ、さすがに使えないよ」


それなら便利だが、同時に不便すぎる。意図せずして魔法が発動してしまう可能性があるからだ。


「魔法を使うには、決まった文法を、心の中で唱えないといけないんだってさ」


「なるほどねー。でも、セラフィとかが魔法を使うとき、呪文みたいなのを呟いていることがあるけど。あれは格好つけてるだけなの?」


「いや、それは集中するためだよ。魔法はある程度集中しないと使えないらしいからね。心の中で唱えるだけより、口に出した方が集中しやすいってわけ」


ちなみに、初心者はまず口に出して魔法を練習するのが一般的で、上級の魔法使いでも支障がない場合は詠唱することが多い、と本にはあった。


意識のブレによるエネルギーの無駄遣いを抑える意味もあるようだった。


リアナは俺の言葉を反芻はんすうするように何度も首を動かし、やがて納得したように笑ってくれた。

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