第7話 朝餉のメイド

翌朝七時。朝食をご相伴しょうばんにあずかる為、1階の食堂に向かう所だった俺は、その途中でリアナに出会った。


「おはよう、リアナ」

俺が声をかけると、彼女は顔の前にかかった髪を手で払いながら、虚ろな目を向ける。


「ん、おは......よ......」

どうやら、リアナはかなり朝に弱いらしいと見える。


かくいう俺も、元の世界では朝早いのは得意だったのだが、今日はあまり寝起きが良くなかった。

この体が、朝に弱いということなのかもしれない。


食堂に入ると、メイド服を着た若い女性が朝食を机に並べているところだった。

「おはようございます」


俺が声をかけると、その女性はこちらを向いて恭しく一礼した。

「おはようございます、リアナ様、それと、ノエリア先生」


このメイドの女性は、昨日も掃除をしている所を見かけた覚えがある。だが、実際に言葉を交わしたのは初めてだった。


「先生はやめてくださいよ。えっと、あなたは?」

「これは失礼を。わたくし、アーネスト市長の使用人の、セラフィでございます」


そういって、再びセラフィと名乗った女性は礼をした。


「メイドではないんですか?」


少なくとも見た目は完全にメイドさんである。


「メイド......でもありますが、料理人や庭師も務めさせていただいています」

「他の方はいないんですか?」

「ええ。この家の使用人は、わたくし一人でございます」


そう言って、彼女は誇らしげに胸を張る。彼女の胸部のそれはかなり豊かなので、その姿勢もなかなかに様になっていた。


しかし、女の子が女性の胸に見とれるのもおかしな話で、俺は誤魔化すように慌てて話題を変える。


「そういえば、アーネストさんはどうされたんですか?」

まだ朝から市長の姿を見ていない。


「ご主人様は、既に役所にお出かけになられましたよ」

役所、というのはつまりヴェルダ市役所のことで、この家から徒歩五分とかからない場所にある。


「早いんですね」

「今日は、ケルヌ鉱山主がいらっしゃるとのことでしたので」


ケルヌ鉱山。教科書と一緒に持ってきた地図に、そんなのがっていたような気もする。


地図で見る限りでは、あまり遠くではなかったように思うが。


「さあ、早く召し上がらないとトーストが冷めてしまいますよ、ノエリア先生」

「だから、先生はやめてくださいよ」


ふふ、と俺の言葉を笑って受け流し、食堂を去ろうとするセラフィ。

「さあ、リアナ様も。って、リアナ様?」

セラフィと俺の長話の間に、リアナは再び眠りに落ちてしまっていた。



きちんと正確に30回噛みつつ、俺は朝食を平らげた。

食事中、半醒半睡はんせいはんすいで何度もパンを落とすリアナを、その度に起こしながらではあったが。


そして、丁度朝食が終わる頃を見計らって、食器を下げに再びセラフィが現れた。


朝食の二品、フレンチトーストとハムエッグは絶品という程ではないものの、手を抜かずに料理されているようで、家庭的な温かみがあった。


この朝食は、この世界ではそれなりの贅沢ぜいたくに値するのかもしれない。一昨日ノエリアの実家で食べた夕食を思い出し、俺はそんなことを考えていた。


「そういえば、ノエリア先生」

「なんですか?」


食器を器用に積み重ね、俺に声をかけるセラフィ。彼女は意地でも先生と呼びたいらしい。


「今日はどの科目を、リアナ様にお教えなさるのですか?」

「えっと......」


俺は、昨日市長に渡された、スケジュールが書かれた表を思い出す。

それは、失踪しっそうしてしまった前の家庭教師が使っていた、時間割表のようなものだった。


どの日にどの教科を教えるか、休みはいつか、ということがカレンダーのようにして書かれていた。


ちなみに、こちらの世界の今日の日付は、芽月めづきの13日らしい。

それを見る限りでは、この世界では12か月の全てが、30日までしか存在しないようだった。暦が異なるのだろう。


「今日の科目は、魔法科学ですよ。明日は確か魔術実技です」

そう言うと、セラフィは少し驚いたような表情を見せた。


「失礼ながら、ノエリア先生はほとんど魔術を扱った経験がない、とお聞きしているのですが」

その心配は実に真っ当である。というか俺も心配。


「そうなんですよね......」

魔術を使ったことの無い人間が魔術を教えるなど、そもそもおかしな話である。


「リアナは魔術、使ったことあるの?」

ティーカップを口から離して、リアナは俺の方に顔を向けた。


「ほんの少しだけ、ね。前の先生、やっと魔法の練習を始めるってとこで、居なくなっちゃったから」


そのリアナの言葉に、セラフィはそれならばと、俺にひとつの提案をした。


「ならばこのセラフィ、微力ながら、魔術のご指導を、致しましょうか?」

その申し出は、俺にとってかなりありがたいものである。しかし、


「それはとても助かります。ですが、家の仕事は大丈夫なんですか? 料理人と庭師も、されているんですよね」


先刻の話から察するに、セラフィはこの家の家事の全てを一手に引き受けている。何時間もある授業で魔法を教える、その時間的余裕はおそらくないはずだ。


だが、それでもセラフィは問題ないとばかりに大きく頷いて見せた。


「ならこうしましょう。明日の朝に、授業時間を使って二人に魔法の指導を致します。そして」

「そして?」

「昼から、先生にメイドのお手伝いをしていただきます!」


力強く宣言するセラフィ。

俺は家庭教師で、リアナに魔法を教える義務がある。


そしてその為には、魔法を使えるらしいセラフィに、少なからず指導を受けることは必須。


結局のところ俺は、メイドさんをしなければならないようだった。

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