第4話 馬車の家路

アーネスト市長は、去り際に実家に戻って荷物をこっちに運んでくるようにと俺に声をかけた。

どうやら、住み込みで働くという事らしい。住み込みの家庭教師ってなんだよ。

なんとなく市長の意図が家庭教師よりもリアナの親しい友人作りのほうに重きが置かれていることが透けて見える。

そういえば労働条件など何も確認せずに承諾してしまった。日本だったならばどんなブラック企業に就職することやらという所だ。だがさすがに命の恩人に無理な労働条件を押し付けるという真似はしなかったようで、14の子供に寝床と食事も与え給与も出すという、なかなかの好待遇であった。

もっとも、月当正銀貨10枚というのが多いのか少ないのかの判断はつかなかったが。

俺はそのままリアナに顔を合わせる事も無く、市長が手配してくれた馬車で市民証に記されたノエリアの実家へと向かった。


馬車は、丁度小型の船に乗っているような乗り心地だった。

立っていられないというほどではないが、気を抜くと酔ってしまいそうになる。


御者ぎょしゃさん、あとどれくらいかかりますか?」

「嬢ちゃん、ユーバ村は結構遠いぜ? あと2時間ってところだな」


御者台に座った30代くらいの大柄の男が、俺に振り返って答えた。

同じ市内なのに馬車で2時間かかるとは、かなり辺境へんきょうにある村なのだろうか。あるいは、この市という単位が、俺が想像しているよりも広いものなのか。

そして、その辺境の村にあるであろう家に思いを巡らせ、そして俺は一つの疑念にぶち当たった。


ノエリアに家族はいるのだろうか。もしいるならばどう説明すればいいのだろう。

よく考えてみると、親の了承りょうしょうも得ずに家庭教師になる契約など結んでしまったが、大丈夫なのだろうか。元の世界の基準で考えるならば、14歳で就職など普通はなかなか考えられない年齢である。


「あの、御者さん」

俺は、そこでふと浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。


「なんだい、嬢ちゃん」

「おじさんって、いつからこの仕事しているんですか?」


なんでもない風を装って尋ねた俺に、男はさしていぶかる様子も見せずに答えた。


「俺か? 俺が手綱たづなを握り始めたのは12の頃だったな。それからかれこれ23年になる。普通小学校をでてすぐに親の職を継いだからな。嬢ちゃんみたいな位の高い人がどうかは知らねえけど、一般庶民は小学校か、よくて中等学院を出たら働きに出るもんだと思うぜ」


そんなものか、と俺は思った。

それならば、14の少女が家庭教師になることも、意外とおかしなことではないのかもしれない。

ノエリアも、市民証を見る限りはおそらく庶民である。そこで俺は御者の思い違いを一つ否定した。


「あの、わたしも庶民ですよ、御者さん」

「あれ、そうなのか? てっきりアーネスト市長の親戚か何かと思ったんだが」


確かに、市長自らに馬車での送迎そうげいを頼まれれば、そう勘違いするのも無理はない。出発前にアーネスト市長と広い家の庭で軽く挨拶していたところからすると、この男はおそらく知り合い、というか市長がよく馬車を頼む相手なのだろう。


「いえ、市長に新しく雇われたんですよ。ノエリアと言います」

それから男は合点がいったように笑って言った。


「ああ、新しいメイドさんか」

残念ながら違う。一瞬自分がメイド服を着ているところを想像し、嫌な寒気を感じた俺は首を振ってそれを否定した。


「いいえ、家庭教師です」

「家庭教師!?」


驚いた御者の男は思わず手綱を強く引いてしまい、それまで順調に車を引いていた壮健な馬が、一つ大きく吠えて急ブレーキをかけた。

14歳の家庭教師は、やっぱり普通ではなかったらしい。

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