第47話 道の先

 少年は一段、一段、とその感触を忘れないように踏みしめて時計塔の階段を上った。

 暗がりの螺旋らせん階段を進んでいくと、やがてその終わりを告げる簡素な扉が見える。



「よう、おはよう。アヴォンス少年」

「おはよう、おっちゃん」



 レファ・アヴォンスは時計塔の最上階に位置する管理人の生家にて、その住人に朝の挨拶をした。おっちゃんと呼ばれた時計守はハゲた頭をゴシゴシと撫でると、赤色の髭を手で整えながらレファを家の中へと通した。といっても、ここはレファにとっては通り道に過ぎない。目的は入り口と対角にある扉の先、時計塔の外側だ。

 


「飛ばされんなよ」

「勿論だよ」



 レファは笑顔で返事をすると、躊躇せずに時計塔の外側への扉を開けた。瞬間、高空を吹く強い風が、レファのこの国では珍しい綺麗な黒い髪の毛をなびかせた。

 レファの前に国の全貌が広がる。時計塔の下に広がる居住区、中心にある城、そこここに存在する運河、レファの家、行きつけの喫茶店、鍛冶屋の煙突から昇る煙、初等学校の校舎、様々な建物。

 さらにその奥に広がるの農耕地帯の作物の絨毯じゅうたんと、放し飼いされる家畜たち。そして青い空と、その下に広がる、どこまでも、どこまでも青い海。

 

 

 青い海の彼方、水平線に目を細め、レファは大きく息を吸う。

 まだ見ぬ、その海の向こうに想いを馳せて世界を眺める。

 

 

 

***

 

 

 

 かつて、少年は国から伸びる一本の道を行き、あらゆる時代を旅をした。

 この国から伸びる一本の道の先は、今ではただ海があるのみだ。

 しかし、その先がどこにも繋がっていないわけではない。その道は、へと繋がっているのだ。


 レファは海の向こうを夢に見た。見知らぬ大地、まだ見ぬ大陸。ひょっとしたら、黒い海から逃れていた国が、自分たちの国以外にもあるかもしれない。

 

 

 

 旅の最後に、彼は少女、コズと共に黒い海を浄化した。

 それは、命を賭す一世一代の賭けだったが、彼と彼女は見事それに成功をし、一命をとりとめて見せた。

 意識を失って海の上に浮かんだ二人を引き上げた彼らの友人はこう語る。



「俺がいなかったら、結局死んでたぜアイツら。ほんと、俺がいてよかったよなぁ。うん、功労者ってやつだぜ」



 スパーシャは自らの時代へ戻る事をしなかった。

 それはかつての王が、その時代にスパーシャの姿がない事を彼に伝えていたからであった。

 彼は自分が動くことで、彼の友人が救ったこの世界の歴史が下手に動いてしまうことを危惧した。その代わりに、度々王を訪ねては、王の記憶を介してサイエと会話することを楽しんだ。

 

 

 

 国の外れの、海が臨める崖にはある墓が立った。墓碑銘ぼひめいにはレモゥ・アヴォンスの文字が刻まれている。

 その墓の意味を知る者は極わずかだったか、そこに備えられる花が絶えたことはなかった。

 

 

 

 コズは悩み、悩んで、結局のところスパーシャと同じ理由でこの時代へ残った。

 そして、なによりも彼女にはまだやり残していることがあった。

 

 

「結局、外の世界を見れてないからね、わたしたち」

「その通りだよ」



 コズの言葉に、レファは頷いた。

 レファは今、新しい技術を研究している。

 それは今までの長き時代にわたって必要のなかった技術。人はそれをと呼んだ。

 運河で物を運搬していた舟の形を応用し、大きな海の上で人と物を運ぶための技術。



「だから、行こうよ。コズ」

「うん、勿論」



 レファはその先に想いを馳せる。


 国の門の外、たった一本だけ伸びるその道の先。


 その先には海がある。

 


 海という、道がある。

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