第42話 マモノ

 姫からの正式な任を経て、レファは宝石が安置される部屋の門番の任に就いた。

 とはいえ、部屋の中へ入る事は叶わず、常に元来の門番たちからも見張られているような状況だ。

 どちらかといえば、取り扱いの難しい番犬のような扱いを受けていた。

 

 それでもレファは黙って待ち続けた。時間の道を越えて、未来を守る為に彼は来た。その決意をした自分を、彼は信じた。

 この時代、この国の兵たちに煙たがられようと、信用されずとも、彼は黙ってその場で時を待ち続けた。

 

 門番と、中で部屋を守る兵たちは時間によって入れ代わり立ち代わり交代をしていった。常に人数が減らぬよう、この国において最大限の防衛措置がとられているようだ、とレファは考えた。

 魔法の気が感じられない為結界は存在しないようだったが、それは宝石の部屋だけに足らず周囲全般におけることのようだったため、まだこの時代、この国に魔法の存在は明かされていないようだとレファは考える。

 

 

「中と、交代だ」

「ああ、通ってくれ」



 また、交代の兵士がやって来る。ゾロゾロと列をなし、扉の内へはいっていく。

 開いた扉の隙間から、蒼い宝石が煌々と輝いているのがレファの目に見えた。それは彼が今まで見たどんな輝きよりも美しく、尊い物に見えた。そしてそれは、出会ったばかりの姫の瞳を思い起こさせた。


 交代の兵士たちが中へ入って暫くすると、勤務を終えた元いた兵士たちが外へ出てくる。レファはそれを見送っては、立ち続ける。

 

 再び、辺りはしんと静まり返る。扉の外に立つ兵士たちとレファは互いを見やることなくただ静かに佇む。





「なっ、おま――」



 不意に、部屋の中から慌てふためく声が聞こえてくる。



「どうした!」



 異変を察知した門番がすぐさま扉を開け、部屋の中へと押し入る。レファも後からそれに続く。

 


「なっ――」



 部屋に飛び込んだ兵士たちは、息を飲んだ。それはレファも例にもれず、目の前の光景に息を飲む。

 警備に交代で入った兵士の内一人が、部屋の中心でゆらりと操り人形のように立ち、その背から黒くさざめき立つ表面をした歪な手のような器官を二つ伸ばしていた。

 

 

「おい、お前。伝令をおぉっ――」



 レファの方を振り返り、叫び声をあげた門番がその黒い手に薙ぎ払われる。その手は自らの意思を持っているように、土台となった兵士の立ち振る舞いとは関係なくその場で自由自在に動いた。



「マモノ――」



 レファは呟いた。その兵士こそ人の色をしていたが、背から伸びた黒の手は彼が滅亡後の時代で見た巨人のマモノの特徴と相違なかった。身の毛がよだつ。レファは恐怖を無理やり押し込める。



「これが、マモノ!? 輝きの前には、出れないんじゃなかったのか――」



 声を上げた兵士が、また打ち払われる。

 そして、手の土台となった兵士が、ぶらりと上体を上げた。



「あぁ、そうだった……そういう話だったね。そりゃあ間違いはない。ただ、俺たちは思いついたのさ。ことほかかなり上手く行っているがね。こいつのように、心の弱い人間に取り憑けば、この通り」



 その声は全くもっての人間――実際声を発しているのは兵士だった。

 しかし、その場にいた面々には、その声の意思は操り人形のようになっている兵士ではなく、背に憑いた黒い手――マモノの声であることは想像に難くなかった。



「さぁ、忌々しい輝きを打ち壊し、黒をもたらそうじゃないか」



 マモノはゆらりと宝石へ近付く。



「舐めるでない!」

「待って!」



 レファの制止も聞かずに兵士たちはマモノに向かって、飛び掛かっていく。

 しかし、いくら宝石の護衛にあたる兵士として選ばれた精鋭たちとて、彼らには実戦の経験があまりにもなさ過ぎた。

 対人戦闘と訓練での評価を基準に選定された彼らは、マモノとの戦いの前に見るも無残に、あえなく散っていく。

 

 

「おお、容易いな。やはり、劣等種族よ。光の加護さえ消えてしまえば――」

「そうは、させない!」



 レファは剣を強く握ってマモノに斬りかかる。



「おや、こいつの記憶にある護衛の人数と差があるな。まぁよい」



 マモノはひょいと身を翻してレファの斬撃を避けると、正面から相対する。

 ゆらりと揺蕩う兵士の背から、黒く細長いマモノの手が伸びてレファに襲い掛かる。レファは冷静に初撃を見切り、剣でマモノの手を断つ。



「んんんぅ……はっはっは」



 操られた兵士は虚ろな表情で笑う。わらわせられる。

 マモノの手が黒い水を噴き出しながら再生していく。

 レファは考える。自己再生は、先に戦った巨人と同じことだと考えれば、このマモノにも核となる部分があると考えるのが妥当だろう。そしてマモノが兵士に取り憑いている事をかんがみれば、恐らくはその人間の兵士こそが核となっているのだろう。

 レファは奥歯を噛んだ。

 その兵士は完全に意識を失ってはいるが、肌にはまだ赤みが挿し、生きている事をレファに伝えてくる。

 

 レファは自らの手を、剣を強く握る。

 

 

「難しく考えなくていい。君は、君と、君が護りたいものの為に剣を振るえばいい。その結果が何かの命を奪うことになったとしても、君は奪いたくて奪うんじゃない。君は護るために、奪うんだ。多分、君が命を獲る時はそういう時なんじゃないかなと僕は思うよ」



 レリアの言葉が胸に浮かぶ。レファはもう一度固く決意し、再びマモノに立ち向かった。

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