6章

第40話 最後の道

 城は、街は、国は、何事もなかったかのように回り始めていた。



「お久しぶりです、王」



 レファは謁見の間で王を前にひざまずく。

 

 

「レファ……それと、コズ、スパーシャ」



 王ははじめにレファの名前を呼び、それからゆっくりとコズとスパーシャの名を呼んだ。



「そなたらがいて、レモゥがおらぬという事は……」

「お察しの通りだと存じます。レモゥさんは、この国を蘇らせて逝去せいきょなさりました」

「そうか……」



 王は沈痛な表情で頷く。コズとスパーシャは黙ってレファを見守っている。

 彼ら以外には兵の一人もいない謁見の間は、静謐せいひつな雰囲気に包まれていた。言葉の一つ一つが反響し、不思議な力を持つような気がした。



「それで、王……これで終わりなのでしょうか」



 レファの言葉に、王は少しだけ顔を上げた。



「……察しの通りだ」



 王の言葉にレファは息を飲む。



ずは、国を救ってくれたこと、感謝しよう」

「いえ……僕らは、何も」

「いずれにしても、レモゥ一人では成し遂げられんかった」



 王はゆっくりと首を横に振ってから、また口を開く。



「だが、先の記憶はまだ見えん。根本を絶たぬ限り、近い将来に次なる瘴気の波が我が国を飲み込むことであろう」

「なんでどいつもこいつももったいぶるんだよ」

「スパーシャ!」



 スパーシャが呟いた言葉をコズがたしなめる。



「レファよ。そなたはこの旅で得た物はあるか」

「自らを信じること……心の強さです」



 レファは間髪いれずに、強い思いをもって答えた。



「よかろう。であれば、最後の頼みがある」




***




 最後の時代の王はこの時を待っていた。未来に記憶が途切れ、その終着点が瘴気による国の滅亡であることを垣間見たときから、必ずその根本を経って人間の世界に未来をもたらさねばならぬと決意した。

 各時代の血族と記憶のやり取りをする中で、一人の少年が事実として各時代を旅した事が存在する。

 レファ・アヴォンス。

 王は彼が生まれいずるのを待った。

 齢十七になる彼に全てを託し、過去の王たちに助力を求め、自らは国を守る為に知恵を振り絞った。

 

 そうして一つのある本に辿り着いた。



  昔々、あるところに綺麗で大きな蒼い宝石がありました。

 その宝石の輝きは絶えることなく、世界を優しく包んでおりました。

 ですが、その輝きを狙う姑息な一人の人間がいました。

 姑息な一人の人間は「これだけ大きいのだから、少しくらい貰ってもいいだろう」と、その宝石を削り取ってしまいました。

 それからすぐのことです。

 綺麗だった蒼く透き通った海は一寸先も見えない程に真っ黒に染まっていき、そこにはマモノが溢れかえりました。

 人々は逃げ惑い、多くの多くの国がなくなりました。

 そうして世界のほとんどは、黒い海の中に沈んでしまいました。

 

 

 そのを書き記した本は、元は白紙の用書き用の手帳として用いられており、かつては異国で生まれた物であることを、最初の時代の王は探り当てた。

 その事を伝え聞いた魔法の王は、その本から本が生まれた位置座標と時間座標を特定する。

 

 時代を繋げる一本の魔法の道は、その性質上時間座標までは指定できても、位置座標を大きくずらして指定することはほぼ不可能とされていた。

 しかしそれは、あくまで触媒しょくばいがない場合の話。位置座標に関連の高い物品を用いてすれば、その難易度は大きく下がる。

 

 最後の王は決意する。彼方古いにしえの異国の地で、かの時間に宝石を削り取る者を阻止すべしと。

 それで歴史が変わり、自らの国の隆盛がなかったことになろうと、人類の歴史が絶えないことこそが大事であると、王は強く決意した。

 






「宝石をまつる国へ、道を繋げる」



 王は静かに続けた。



「ただし、位置座標が脆弱故、一度きり、一人のみの移動になる」

「わたしたちは、ついていけない、と」

「その通りだ、コズ。……レファよ、そなたに全てを託したい」



 レファは目を瞑る。己の心を見る。己の心を強く信じる。

 

 

 目を開く。

 

 

「……任せてください」

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