第39話 その身を賭して

 それを告げられた時、レモゥは数年にわたり悩み苦しんだ。

 自らの国が抱える事情を解決していく事すら苦しんだというのに、そんなことが果たして自分に務まるのかと思い悩んだ。

 レモゥの時代は、この国のあらゆる時代を以てしても最も魔術に長けた時代だった。そしてその時代の中で、レモゥは稀代きだいの魔術師と呼ばれるほどに、卓越し、練達した魔術師だった。

 故に彼女はこの計画の一端をになう者として選択をされたが、そこにはもう一つの理由があった。

 

 永き時を経て、最後の時代から旅を始める少年の名前はレファ・アヴォンス。

 

 

 十七歳の、綺麗な黒髪の少年。

 

 

 レモゥ。黒く長い、綺麗な髪の毛をもつ彼女の名は、レモゥ・アヴォンス。

 レモゥは、遠きにわたる時代の先、自らの末裔がその旅の主格として携わる事を知り、その命を捧げる決意を持ってこの日を待った。




***




「お、おいおいおい。目の前で死ぬなんて言われて、黙っちゃいられねぇぞ」



 スパーシャは慌てた。かつて死を望んだ少年は、目の前で自ら死に行かんとする女性を止めようとした。



「だいたい、なんとかならなかったのか? ここまで大掛かりな魔法道具を用意できるなら、滅亡のひとつやふたつ、レファの時代で――」

「スパーシャ、それは無い物ねだりだよ」

「おいおい、コズ。お前、人が死んでほしいって事か!?」

「そんなこと言ってないでしょ! ただ、落ち着けってことよ!」

「すみません。皆さんに混乱を与えると思い、直前まで黙っていた事をお詫びします」



 レモゥは、もの悲しくも柔和な笑みを浮かべた。その顔に、思わず三人は押し黙る。



「それは、叶わなかったのです。この国を襲った瘴気は、その当時の国を守っていた結界すらも破る程のもの。薄れゆく最後の時代の王の記憶の中、滅亡する国の記憶を見て、各時代の王たちは悟り、そしてその時を守る事に賭けるよりもその先に希望を託すことにしたのです」

「それが……僕」

「はい。ですが――」

「いいえ、もう大丈夫です。これは、僕が、僕が決めてここに立っています。僕は、僕の国と、それまでの時代をなかったことには絶対にしたくない」

「それはそうだ。俺たちが生きた世界の最後がこんな暗がりなんてうっとうしいったらありゃしねぇ」

「わたしは、どこまでもついていくよ。村を飛び出した時から、そう決めてたから」



 お互い、頷き合う。



「レファ。私の遠い子孫」



 レファは静かに頷く。心の奥底で、その事実に彼は気付いていたのかもしれない。驚愕きょうがくこそすれ、今は取り乱さなかった。



「一度だけ、その肌を感じさせてください」

「はい」



 レモゥに手招かれ、レファはその腕の中に抱かれる。



「私は、私の子孫を守るためにも、ここで命を賭します。そのことを、どうかめないでください」



 レモゥはレファを腕から解放すると、今までで一番の笑顔を作った。

 その顔を見て、コズとスパーシャは口を開けこそすれ、言葉を喉から発することができなかった。

 そしてレモゥはレファから、そのペンダントを手にあずかる。

 

 レモゥが手をかざし、扉が開け放たれる。



「ここから先は、私の仕事です。危ないかもしれないので、皆さんは上の階に居てください」



 レモゥは振り返る。



「ごく短い間でしたが、あなたがたと旅ができてよかったです。それでは――」



 石の扉が閉じられる。



「行こう」



 レファは強い決意を言葉に乗せ、二人を連れて地上へと出る。

 地上はまだ薄闇が取り巻いていて、廃墟の影は鬱々とその目に映った。





***




 レモゥは深い息を吐いた。死ぬことを恐れているつもりはなかったが、その直前となるとどうしても手が震えた。



「恐れや迷いは全て捨てたつもりでしたが……だめですね……」



 レモゥは自らの震える手を抑える。



「あなた……レリア……大丈夫、私達の国は、私が護ります」



 レモゥは魔術結界炉に魔力を送る。魔法道具が彼女の魔力を吸い上げ、結界へと姿を変えていく。城の地下を中心にして、空気が浄化されていく。

 数日分の結界に足る魔力を送り込み、レモゥは結界炉に送る魔力の供給を絶った。次はペンダントと揺り籠を合わせる必要がある。

 レモゥの手が震えた。それは恐れからではなく、単純に身体の力が衰えている事に起因していた。既に身体のほとんどの魔力は枯渇してしまっている。後は、その命を、魂を燃料に魔力を作り出す事になっていく。

 

 レモゥは始める。その身を賭して。

 


 魔力の供給が始まり、ペンダントが光り輝いた。地上では、浄化された空気の元、数々の建物がそのペンダントに封印された記憶の元再建していった。

 潰れた家屋は元に戻り、道の瓦礫がれきは消え失せ、まるで先ほど迄そこで人々が生活をしていたかのようにそこに建物が還ってきた。

 鍛冶屋の煙突から煙が上がり、時計塔はそびえ立ち、荘厳な城はこの国を象徴するように再び鎮座した。

 


 レモゥにはもうほとんど意識がなかった。これが最期だった。

 


 魂の揺り籠がその淡い光を強烈な光に変える。その光は乱反射するように至る方向へ照射され、壁すらも突き抜けて外へと出でていく。



「な、なんか、わかってたけど凄い見た目だね」

「いやいや、こんなの想像できねーだろ」



 目の前で建物が以前の姿を取り戻し、城の仕様人や衛兵たちが唐突に表れたのを見てコズとスパーシャは顔をひきつらせた。

 建物が、人が、その生活を何事もなかったかのように取り返していく。一人の女性の命を引き換えに。


 やがてすべての光が収まった後、止まっていた歯車が動き出すように、世界に音が帰ってくる。

 

 

 そうして、蘇った衛兵の内一人が、レファたちの姿を認めて近寄ってくる。



「あれ、レファ君。旅に出たんじゃなかったっけ? 忘れ物かい?」

「いえ、長い旅から、帰ってきました……王に、会いに行ってきます」

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