第37話 巨人
薄闇の道中を数時間ほど彼らは歩いた。
その城は著しく損傷をしてはいたが、元が大きいために残存している部分も比較的多く、建物の多くが崩れ去っている現状では思いのほか苦労をせずに一行は辿り着くことができた。
「あー、冗談キツいな」
と、スパーシャはかつての城門を見て呟いた。
「でも、行くしかない」
「そうですね。城の中……いえ、地下でしょうか。強力な結界の気配があります」
物陰に隠れて、その姿を見る。
城門には、家屋一つ分はあろうかというほどの体躯を持った、漆黒の巨人が鎮座していた。
「マモノって死ぬのかな?」
「生きているのなら、死ぬと思うけど……」
レファは、まるで銅像のようにそこから動かない巨人を見て呟いた。
「まぁ、行くしかないなら、やるしかないよな」
「スパーシャって、結構勇気あるよね」
「まぁ、喧嘩は沢山したさ」
スパーシャは準備はできたとばかりに両の拳を合わせる。
「できるだけ皆さんに結界を張りながらの戦闘になります。が、決して無理はしないでください。あの巨躯にまともに殴られて、個々人にかけた結界がどこまで持つか……」
レモゥの言葉に面々が頷く。
コズは頭上を見渡す。
「鳥みたいなのは、今は近くにいないみたい」
「仕掛けよう」
レファが鞘から剣を抜く。
それを合図に、レモゥが詠唱を始める。その巨人は、未だ物陰に隠れる彼らの姿には気付いていなかった。
大きな白い閃光が、レモゥの掌から生じる。それは空間を切り裂くように瞬間で広がり、巨人の腕に命中して
「効いてるみたいだなー!」
「はしゃいでないで、続いて!」
小躍りするスパーシャを一喝して、コズは槍を構えて巨人に詰め寄る。
完全に一行を認知した巨人は、痛めていない方の右腕を大降りに振り上げると、虫を叩き潰すように手の平でコズを狙った。
振り上げた腕を見とめると、コズはすぐに後ろに地面を蹴って退避する。囮だ。
「階段どうも!」
ガシャンガシャンと大きく金属の音をさせながら、スパーシャが駆ける。
地面にめり込むようにして叩きつけられた巨人の右腕を、数歩で駆けあがってキカイの左腕を振りかぶる。スパーシャの左腕は巨人の頭を捉え、生暖かい泥を殴ったような何ともいえない感触をもたらした。
「スパーシャ、退いて!」
「おうっ」
その感触の気持ち悪さにぎょっとしつつも、レファの声に我を取り戻してスパーシャは巨人の肩を蹴る。
彼が今まで飛び乗っていた巨人の右肩に、少し遅れて左腕が肩を叩くように命中する。
「動きはそんなに早くないみたいだね」
「おまけにそんなに固くもない」
「ですが――」
レモゥはその巨躯を見上げる。一撃を加えた部分から流れ出ていた液体がいつの間にか止まり、与えたはずのダメージは見る影もなく修復されている。
「もしかして、本当に死なない?」
「いや……そう思うのはまだ早計だよ」
再び、レモゥが魔法を放つ。
「はあぁっ!」
短い掛け声とともにレファが飛び出る。腕に力を込めて起き上がろうとする巨人の肩に剣を突き刺し、そのまま力任せに斬り抜く。あまりにもあっさりと巨人の腕は切り落とされ、円形の切り口からは黒い水が
巨人は痛みを感じるように、声にならない声を上げながらのたうつ。
「痛覚はあるみたいだ……」
レファは気を引き締める。切り落とした腕自体は、まるで元からそこになかったかのように消滅してしまったが、黒い水が噴き出すそこからは、みるみるうちに新しい腕が生えてきていた。
「恐らく、痛がるということは生命の危険を察知する必要があるってことだ。だから、必ず倒す手立てがあるはず……」
「っていうと、やっぱり心臓……股間とか――いや、もしかしたらあの一つだけある目っぽいのか?」
「いや、あんなに剥き出しになってることはないと思う……狙う価値はあるかもしれないけど――」
レファが言いかけたところに、閃光が走る。
白い稲光が、巨人の目を貫き、巨人は痛みにのたうち回るが、その動きが止まることはない。
「外れですね」
「はは……」
「でも、好機でしょ!」
がむしゃらな動きをする巨人に対して、コズが再び懐に飛び込む。その巨大な両の足を薙ぎ払うようにして、槍を振るう。
槍は殆どの手ごたえなしにその空間を通り抜け、巨人の足首を切断する。支えを失った巨人は成すすべなく前のめりに地面に倒れこんだ。両足から黒い水が噴き出し、再生が始まる。
「それじゃあ、一発いっとくかぁ!?」
うつ伏せに倒れこんだ巨人の臀部目掛け、スパーシャが飛び込む。ずぶりと嫌な感触がして、右足がその中に沈み込む。
「うひゃー! 外れだ!」
「それなら!」
レファが再び剣を構える。人間にあたる心臓の部分、左胸にむけて巨人の背中から勢いよく剣を突き立てた。
そして巨人のもがきは止まる。
キカイが停止するように、ぴたりとその動きが止まり、全身の黒が水のように溶けだしていく。その水はすぐさま霧となり、目に見えぬほどの細かな粒子となって風に散っていった。
「急ごう」
レファは剣を鞘に戻し、強く頷いた。
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