5章
第36話 終の国
そして彼らは辿り着く。幾度と見た、無機質な草原の一本道を越えて、やがて至る。
「こりゃあ、思ってたよりひでぇな」
その有様を見て、スパーシャは思わず顔を歪めた。
少年たちが辿り着いたのは大地の端、後十数歩ほど後ろに下がれば海面へ真っ逆さまの切り立った崖だった。
黒い海は少年たちの記憶よりもけたたましく荒れ狂い、空は薄闇に包まれていて辺りは薄暗い。吹き抜ける猛烈な風が、そこここの廃墟の間を通り抜け、怪物の唸り声のような音を立てている。
一目見て、人間が存在できる環境ではないと一行は思い至った。
「寄って下さい」
レモゥは真剣な面持ちで全員を手招きする。全員が身を寄せ合ったのを確認すると、短い詠唱の後に少しだけ周りの空間が歪んだ。
「小さい結界ですが、暫くはこれで大丈夫です。マモノにも見つからないでしょう」
「というと、マモノは近くに?」
「いえ、近くにいるかはわかりません。ですが、いてもおかしくはないでしょう」
一行は真剣な面持ちで顔を突き合わせる。
「とりあえず、街……の中に入りましょう?」
「それがいいや。崖で突っ立っててもしょうがねぇ」
コズの提案にスパーシャが乗る。すぐ目の前には、かつて城壁だったであろう残骸がそのかつての
穴あきの城壁を潜り、四人は街の中へ至る。
建物の大半は根こそぎ破壊されていて、マシな物でも壁の半ばから上が存在しないような状況。割れた窓の向こうに、さっきまでそこで暮らしていたかのように、包丁とまな板が取り残された台所が見える。
レファは大きくあたりを見渡しながら進んだ。
吹き荒れる風と薄闇のせいで視界の悪い中、それでもレファの目は遠くにある建物を認識した。
「時計塔……」
「とけいとう……ってことは、やっぱり?」
コズの確認する声に、レファは黙って頷く。まだ遠くてはっきりと確証は持てないが、それは殆どの場合でレファのよく知る、故郷の時計塔だと感じた。
中ほどで手折られたように、自慢の天頂の時計はどこかへ消えてしまっていたが、街の中で城の次に大きいその建物の意匠を、レファは足元から天頂に至るまでしっかりと覚えていた。
「王と、レモゥさんが言っている通り、ここは僕の――僕たちの国の歴史の成れの果てだ」
レファは現実を目の前にして、何かが背後からはいずり寄ってくるような気がした。
もう立ち止まることはできない。レファは大きく
「王が何かを遺したとなると、やはり城だと思います。というより、それ以外に手がかりが存在しないのであれば、そう考えるのが妥当です」
「なんでもいいや、さっさと行こうぜ。気味わりぃよ」
一行は無人の廃墟を進む。
不意に、風の唸り声に混ざって、遠くの空から金切り声のようなものが響いた。
「ねぇ、あれってもしかしなくても――マモノ?」
「黒い体躯にこの環境で行動している事を
コズが指さした遠方の空には悠々と往く大きな鳥のような姿があった。しかしそれは鳥と分類するには翼の数が四枚と多く、その体は闇と同化するように深く黒かった。
「マモノが黒いのなんて、俺は知らなかったぜ」
「……伝聞です」
「まぁ、いいけどよ。どっちにしろ信じるしかねぇんだ。レモゥさんが真実を知ってることを隠して着いてこようとしたことは置いておいてよ」
「こら、スパーシャ。しつこいとモテないよ」
「うるせー!」
緊張感なく騒ぐ二人に、レファはかえって救われた気になった。
この場において闇が蔓延する雰囲気に呑まれてしないことは何よりも重要な事であるとレファは理解していた。
「そういえば、スパーシャの持ってる記憶するキカイって、いつ使うの?」
「そういえばそうだな。最果てについたならいつ出してもいい気がするけど……」
「とりあえず城を目指そう。ここはひらけてるし、少しでも安全な場所を探してから立ち止まった方が良い」
「それもそうね」
四人は進む。かつての国の中を、かつての城を目指して。
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