第34話 自分

 どんな雨も止むように、気候は移り変わっていく。

 長い間この国をさいなんできた大寒波はようやくこの時にして終わりを告げる。

 それはすぐに目に見えるものではなかったが、この国は今後明らかにこの日を境にして、隆盛を取り戻していくのは既に定まりし時の流れの内だった。

 

 

 レファはその様子を部屋の中から窓を通して見ていた。この国はここからやがて、自身の生まれた時代で繋がっていくのだろうと漠然ばくぜんと考えた。


 不意に、部屋の扉が開いた。コズが歩いてやって来る。

 

 

「綺麗だよね」



 コズは、レファに並んで窓の外を見た。太陽の光が、溶けかけた雪の表面をキラキラと反射している。



「今、国中は大騒ぎだけど」

「っ、何かあった?」

「そんなんじゃないよ。ただ、みんなで頑張って雪かきしないとこのままだと大洪水だーって」

「なるほど……」

「スパーシャが張り切って手伝ってるよ」



 コズはくすくすと笑った。



「笑い事じゃないんだけどね。でもまだまだ外は寒いし、しばらくは大丈夫そうかなって」



 会話が途切れる。





「ねぇ、レファ。もし、わたしたちがレファを置いていくって言ったらどうする?」

「え?」



 コズが何気ない様子で放った言葉に、レファは目を見開いた。



「ふふ、慌てなくていいよ。でも、多分だけどレファは、急いでついてくるんじゃないかなってわたしは思うんだ」

「…………」



 レファは答えない。自分ならきっと、そうするかもしれないとは思った。けれど同時に、今の自分にはそれを追いかけるだけの力はないとも感じていた。

 だが、そんなレファの様子をよそに、コズは続ける。



「わたしの国でも、レファは子供たちを助けてくれたし、わがままを言った私を旅に連れて行ってもくれた。キカイの国では、事故って聞いてすぐに飛び出していったし、実際に人を守ったりもした。魔法の国でも、君はすぐにレモゥさんの力になりたいって言っていたし、わたしは後から聞いた話だけど、レリアさんを闇討ちからも救った」



 コズはレファの正面に立ち、その手をとった。



「ねぇ、レファは今まで実は沢山人を助けてきたし、何かに力になろうとして行動してきたんだ。それはレファ自身の思いの上で行動してきたんだよ」



 コズはレファの目を覗き込んだ。レファもコズの目を覗き込む。

 レファは、コズがあおい色のした瞳を持っている事に初めて気が付いた。



「だから、ね。今度もきっとそうだよ。ちょっと規模が大きくなるだけで、難しく考えなくていいんだよ。レファは、わたしたちの国を助けようとする。わたしたちはそれを一緒にする。ただ、それだけだよ」



 コズはゆっくりとさとすように話した。それが逆に足枷となってしまわないように、レファに優しく語りかけた。

 レファはコズの瞳の中に映る自分を見た。

 レファはこれまで、考えた上で人を助けようと、役に立とうと思ったことはなかった。ただ、そうしようと思った時は、反射的にそう行動してきていた。


 レファは、ぼやけていた焦点が定まっていく気がした。

 

 彼に課せられた使命は、あまりにも重い。そしてその重さ故に、自分を見失っていたことに彼は気付く。

 大事なことは、自分を信じる事。レファは右手を握りしめてレリアの言葉を思い出した。コズの言う通り、ここまでのレファの行動は、紛れもなくレファのものだ。たとえ旅路が定められていた物だったとしても、その行動をし、考えたのはレファ自身だ。

 レファは机に放りだしてしまっていたペンダントに触れた。懐かしい故郷の国の風景が蘇る。

 

 時計塔の下に広がる居住区、中心にある城、そこここに存在する運河、レファの家、行きつけの喫茶店、鍛冶屋の煙突から昇る煙、初等学校の校舎、様々な建物。

 さらにその奥に広がるの農耕地帯の作物の絨毯じゅうたんと、放し飼いされる家畜たち。そして青い空。

 

 レファは直感的に、護りたいと感じた。その風景が失われてしまうことを自分が防げるのであれば、手を尽くしたいと感じた。

 そう感じると、レファは自分がどうして怖気づいていたのかわからなくなった。

 この旅路は自分のものである。そして、これまでもこれからも自分のものである。

 レファはより強く拳を握り締めた。

 

 もう迷わない。

 

 レファはベッドから立ち上がった。



「コズ、ありがとう」



 レファは力強く頷いて、謁見の間へ向かった。

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