第30話 王たち

「彼らは、わしの所まで来たよ」

「そうか……いや、そこまでは知っているんだけどな」

「あなたには、説明を任せてしまってすまない」

「しようがない。早く話せば怖気づいただろうて。それにその役目を担うことは既に決まっていた」

「そこを過ぎれば、後は彼ら次第だ。もう、私の国では空は青くない」

「私の国、ではないだろう、王よ。アタシらも同じ国を治めてきた王だ」

「失敬。……の国だな」




***




「話す時か」



 雪の国の王は、玉座に腰かけたままゆっくりと声を出した。白い髪の毛に白い髭と深いしわ。これまでにレファたちが渡ってきたどの国の王よりも、その王は老けていた。



「これから話すことは、レファ。そなたの旅路の目的であり、そなたらが渡ってきた世界の在り方である。決して心乱さぬように聞き、そしてしかと受け止めて欲しい。そしてそれは、コズ、スパーシャ。そなたらも同様だ」



 スパーシャは何か文句を言いたげな顔をしたが、コズに腕で制されて仕方なく引き下がった。

 その様子をちらと見届けてから、王は再び話し始める。



「そなたの旅は、全てが複雑に絡み合い、新しき時代からいにしえに定められたものだった」

「それは……」



「昔、その昔。歴史書にも残らぬ些事さじ……我が国がまだ、村のような規模だった頃。よわい十七を数える一人の少年が国にやってきた。少年は国の外から来て、そして一人の村娘を連れて更に旅に出た。その時代の国の王は少年を試した。少年は冷静な心を持っていた」


「その昔、我が国がキカイという力を得た頃、少年と少女はその国を訪れた。それは遠い未来と過去から託された言葉に示された出来事だった。その時代の国の王は、未来に託す力を、二人の幼き少年の力を以て、その二人の旅人に託した」


さかのぼる事、歴史としては少しの前……わが国では魔法の隆盛によりキカイは廃れていった。少年らの旅の最後では、この時代の魔法の力がおおよそ助けになるだろうという見立てもあった。儂らは何があったかまで細かい事はわからん。だが、少年はここでひとつ決意を持ったようだ」


「そして今、そなたらは儂の前にいる。明かそう。儂はの一族。レファよ、そなたの国と、そなたが渡ってきた国の王は全てここにある」



 レファは押し黙った。一瞬、目の前の老体が何を言っているのか理解をできなかった。

 けれどレファは純粋に、至極純粋にその言葉を順番に飲み下していった。飲み下してしまった。



「レファ、あなたたちが通ってきた一本の道は、魔法で出来た時代を繋ぐ通路」



 王の話を継ぐようにレモゥが口を開いた。



「各時代の王と、秘匿された魔術師たちが繋いだ希望の通路」

「おいおい、もうちょっとわかりやすいように話してくれよ」



 スパーシャが苛立ちをあらわにして声を上げる。



「俺はあまりにめんどくさい旅になんて首を突っ込んだつもりはねーんだ。あぶねーことなら身を引くつもりだって言ってもいい」

「スパーシャ。残念ながらそなたは身を引くことはできん」

「んでだよ」

「今の繋がれた記憶では、キカイの国に戻ったそなたの姿はない。故に、そなたは進まねばならぬ」

「っ、そんなの、おめーが勝手に言ってるだけだろ! んな話信じられるか馬鹿らしい!」



 そう吐き捨てると、スパーシャはキカイの身体をいつも以上に音を派手に打ち鳴らして謁見の間を後にする。



「スパーシャ!」

「コズ、今はそっとしておこう。多分、ああは言ってるけど、スパーシャは最初に違和感に気付いて、声に出したんだ。多分、納得はできなくても理解はしている……と思う」



 後を追おうとするコズを、レファが引き留める。

 

 

「王、僕も正直、納得が及びません。仮に、あなたの言っている事は全て本当だとして、時代をわたる僕らの先――旅の終着点であるはずの最果てにある国とは一体」

「それは、そなたの国の最期。滅亡後の国――だと儂ら王は推察しておる」

「滅……亡……?」



 その言葉を聞いて、レファは目の前が真っ白になった気がした。頭が考えることを拒否する。

 滅亡の二文字は、レファにとっては唐突で、それはこれまでの荒唐無稽こうとうむけいな話よりも更に妄言のようにさえも思えた。



「儂らは代々、一定のよわいに及んで以降、過去と未来の王たちとその記憶を共有してきた。だが、そなたの国の王を最後に記憶が共有できなくなっておる。そしてその時間座標の最後、そなたの国の王の記憶の隅で、国が滅んでいく様の景色が、儂らには全て共有の記憶として存在しておる」

「それを、その滅亡を防ぐ――いや、少し捉え方は違いますが、ともあれ、あなたの旅はその為の旅なのです、レファ」

「レモゥさんは、全て知ったうえで僕に協力を?」

「はい――遅かれ早かれ、私の国では紛争が起きて、その後がこのような事になることも王から聞いておりました。私と、夫や子が手を尽くした結果がそうなのです。そして、それは変えられるべき事象ではありません。既に起きてしまった事ですから。ですから、私は、あなたと共に最期の国へ向かう、その覚悟ができていたのです」

「そんな、あっさりと……」

「あっさりと、ではありません。あなたが来るいくらも前から、私はその運命を王から聞き、悩み、葛藤し、受け入れました」



 レファは自らの手を見た。両手が震えている。



「それで、僕は――いえ、僕は行くべきなんでしょう。定められるならば」

「左様」

「ですが、ですが僕にはわかりません。何故、僕が選ばれたのか――」

「それもまた繋がれた記憶。過去に、最初の国で村娘を連れて行ったのがそなたというのは過去に既に起きた事実。そしてキカイの国で、魔法の国でそなたがそこにいたのも既に起こった事実。そうなれば、やがてそなたの時代に生まれ来るそなたが、過去に渡る旅をせねばならなかったのが必然」



 レファは顔を上げることができなかった。

 自らが望んだと思っていた旅は、遠い過去からのあるいは、遠い未来からの決められた旅筋。全ては予定された出来事。

 レファは自問する。であるならば、



「時間を、下さい」

「焦らなくていい。この時代は、この時代にある。寒くて過ごしづらくはあるが、ゆっくりと心を落ち着けるが良い」



 レファは震える手を握り締めることもできず、一人でその場を後にした。

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