第27話 その手に与えられたのは

 その夜、レファは寝付けないでいた。

 王女から報告を受け、明日、遅くとも明後日には出発の準備が整うであろう話を聞いて、迫りくる出発への期待とレリアとの鍛錬が終わる事に少しの寂しさを感じていた。

 月明かりが差し込む両開きの窓を、片側だけ開いて夜の風を取り込む。

 この国はキカイの国とは対照的に夜は静寂の中にあって、冷ややかな夜のその流れは彼の心に寄り添っている気さえした。

 そんな静穏せいおんの中だからこそ、レファは一つ上の階からした小さな音に偶々たまたま気が付いた。それは通常であれば気にならなかったのかもしれないが、レファはここ数日の中央の塔での暮らしの中で、自らの客室の丁度上の部屋がレリアの執務室であることを覚えていた。

 胸騒ぎがする。

 レファは腰に剣を携えて急いでその場へと向かった。




***




 結論から入ると、レファの予感は的中していた。レファがその部屋に駆け付けた際、部屋の中では二人の見知らぬ男とレリアが剣を持って相対していた。

 

 

「レファ君!」

「レリアさん!」



 二人は、男たちを挟む形になる。



「おい、クソ。失敗だ」

「ああ、お前みたいなマヌケのせいでな」

「あ? お前が仕留めそこなったせいだろうがよ」



 見知らぬ男たちは言い争いをしていた。片方の手には血の付いた短剣が握られている。

 レファは部屋の反対側に位置するレリアを見た。首筋と右腕から赤い血が流れている。その怪我は全く大事には至らないものであることは明白であったが、状況を察するには十分に事足りる情報であった。



「加勢します」

「すまない」



 レファは剣を構えた。身を護る装具は付けていなかったが、取りに戻っている暇などない。

 レリアも両手で剣を構えた。怪我をした右腕は思うように動きはしなかったが、この不届きな男たちを真正面から迎え撃つには彼は十分に練達していた。


 レファは迷いなく切りかかった。あるいは、時間を稼いで、この静かな騒ぎに自分以外が気付くのを待つ手もあったのかもしれなかった。だが、なによりも目の前の不審者を逃してはならないという思いがレファを前に踏み込ませた。

 結果として、決して広くはない部屋の中で、前後を挟まれた不審者たちは清々しいほどに成す術がなかった。既に、レリアに対しての奇襲が失敗した時点で彼らに勝ち目は存在していなかったのだ。




***




「レファ君、助かったよ」

「いえ、たまたまですが、気付けて良かったです……」



 二人組の暗殺者は、金で雇われた人間たちであった。

 

 

「多分、彼らを突き詰めればまつりごとの裏でうごめく人間を、少しは吊るし上げることができるだろう」

「だったら……」

「いや、それでもごく一部だろう。こんな失敗をするような、安い賭けをするような人間たちなら、とっくに父が成敗しているだろうからね。あるいは、今回のその人物たちも口減らしのために焚きつけられただけかもしれない」



 レリアは静かに頭を振った。



「けど、少しでも人の敵を駆逐できたならそれは喜ばしい事だ。僕としても、正直少し危なかった。襲ってきた暗殺者が、もっと手練れだったのならと考えるとゾッとするよ。だから、助かったよ」



 レリアはレファに握手を求め、レファはそれに応じた。



「僕はこの国を守るよ、何があっても。きっと遅かれ早かれ、規模の大小はわからないが紛争は起こってしまうだろう。それほどに狡猾こうかつな人たちだ。だけど、屈しはしない。父と母に誓って。……だから、レファ君。母上を頼んだよ」



 レファはどう答えるべきかわからず、ただ握手をする手にもう少しの力を込めた。

 この国の抱える問題は、自分とは関係がなく遠い力の及ばない所で、別の何かとして動いている。その事実を頭で理解しながらも、何か少しでも手助けができればとレファは考えずにはいられなかった。事実、そういった考えがあったからこそ、レモゥに助力を申し出たこともあった。

 だが、結果としてレモゥもレリアも、レファの心を知ったうえでそれを柔らかく拒否をした。

 レファにはそれが歯がゆかった。所詮、自分は旅人なのだ。人の国の政にまで首を突っ込めるほど、練達した人間ではないことをしらしめられ、それを歯がゆく思う幼い自分に憤った。



「気にすることはない、本当に。これは、僕たちの戦いだ。君は、君にしかできない戦いがある」



 そんなレファをおもんぱかってか、レリアは更に言葉を口にした。



「僕は国の外に出ることはできない。それは国の決まりに従うことでもあるし、僕自身がこの国を守らなければならない立場にあることも関係している。だが、君はそうしなくていい。むしろ、そうするべきじゃない。君には君の、君の国と自分自身のために行うべきことがある。それにあたって、僕と同じことを為そうとする必要はない」

「――はい」

「はは、まだ納得できないか? そうだなぁ、でも、わかるだろう。その旅は、君に与えられた旅なんだ。だから、ここで立ち止まっている場合じゃない」

「はい」



 レファは力強く頷いた。それは、自分を一時的に騙すための行為にも思えた。だが、同時にレファはレリアが正しいとも考えた。レリアにはレリアの、レファにはレファのやるべきことがある。それをたがえるなということだ。



「僕は――行きます。だから、レリアさんも、この国をどうか」

「無論だよ」



 レリアは笑った。握手する手から力を抜き、互いの手が自然に離れる。

 そしてレリアは、レファの頭を二度ほど、ゆっくりと撫でた。

 レリアもレファも、美しい黒い髪の毛をしていた。

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