第24話 レファの剣

 レリアは、レモゥとその夫の間にできた三男坊だった。

 幼少期より剣の道の興味を持ち、魔法教育を受けるかたわら騎士としての研鑽けんさんを積んできた、この国には稀有けうな騎士である。

 レリアは幼き日より鍛錬をし、レファと同じ年に至っては既に実務として父の傍ら護衛を務めながらその仕事を手伝っていた。

 よわい二つ程の差、レファ自身常に鍛錬を続けてきていたとはいえ、その差は覆るものではない。



「ありがとう、レファ君」

「い、いえ……」



 一通りの手合わせが終わった頃、レファは己の未熟さを呪った。レファとて鍛錬を怠ったわけでも、気持ちで驕っていたわけでもなかったが、単純に経験としての差がそのまま手合わせの結果として反映されることとなった。

 だが、レファは未熟さを呪いこそすれ、その結果に腐る事はなかった。



「こちらこそ、ありがとうございました。僕では、及びませんでしたが……」

「いや、きっとそれは単純な経験の差だよ。打ち込んでみて君が鍛錬を怠っていないのはわかった。重心にブレもないし、打ち込む剣の一発一発は確かに重かった。僕としても、これほど真剣に剣の稽古をできる相手は稀だったから楽しかったよ」



 レリアは手を差し出した。レファはその手を取って、固く握手をする。



「本当は残って、一緒に剣を高め合ってくれたら嬉しいんだけど、そうもいかないんだろう?」

「はい、僕は旅人で、この先の国にもいかなければなりませんから」

「うん、しょうがないね。使命を持ってるというのは、良いことだ。きっと、まだまだ強くなれるし、一か所に留まってる僕なんかすぐ追い抜いていくとも」



 レリアは嫌味なく、そう言葉にした。



「どうだろう、おこがましいかもしれないけど、僕で良かったら君の鍛錬に暫く付き合うよ」

「……是非!」



 レファはまたとない機会に大きく頷いた。二振りの若い剣はもう一度固い握手を交わした。

 

 

 

***




 翌日も、翌々日もレファはレリアと剣を振り続けた。レリアは、基礎の十分なレファに対して手合わせ形式の鍛錬を延々と行い続けた。

 事実、レファに足りていないのは実戦の経験である。

 命のやり取りに匹敵する緊張感は得られないものの、その数日のうちの鍛錬はレファにとって足りていなかった、戦闘の勘を養うのに十分な要素となった。

 十分に剣を振るった後、レファが口を開く。



「レリアさんは、命を……奪ったことはありますか」

「あるよ」



 レリアは真剣な面持ちで答えた。



「もう暫し若い頃だった。街の方でちょっとした殺人事件が起きてね。その犯人の命を、絶ったよ」



 曰く、その犯人は愉快犯だったらしい。レリアに斬られて絶命する直前も尚、笑うことをやめなかった。



「といっても、沢山殺めてきたわけじゃない。むしろ片手で数えられるくらいだ。基本的に、僕の仕事は護衛だし、中央の塔に住んでいればそこまで物騒な事は起きないからね。……とはいえ、殺す覚悟がないわけじゃない。生きるに値しないものが相手なら、僕はいくらでも非情になれる。それが、この国の人の為になるのならね」



 レリアはあくまで柔和な笑みを浮かべて語る。その手が血にまみれたとしても、彼はそれを人民の為として疑わなかった。それはある種の狂信だったかもしれないが、レリアの剣はその信念あってこその強靭さだった。



「……どうして?」



 レリアは単純に、その質問をしたレファの心中に対して問いかける。



「対人戦闘の経験を積む……ということは、そういう可能性も考慮にいれるべきかと思ったんです」

「確かに、そうかもしれない」

「幸い、まだ僕はそういう場面に遭遇していません。僕が渡ってきたこの世界は今はまだそれほど僕に敵意を向けてきませんでした。だからこそ、少し怖いんです。僕は、そういう場面でちゃんと命を奪えるのかって」

「……君はきっと優しい人間だ。僕と違って」

「…………」

「難しく考えなくていい。君は、君と、君が護りたいものの為に剣を振るえばいい。その結果が何かの命を奪うことになったとしても、君は奪いたくて奪うんじゃない。君は護るために、奪うんだ。多分、君が命を獲る時はそういう時なんじゃないかなと僕は思うよ」



 レファは剣を握る右手を見た。



「まぁ、正直な所考えたってわからないさ。ただ、これは言える。僕も、命を奪いたくて奪っているわけじゃない。大義を果たす結果としていくつかの命を奪ってしまったに至るわけだ。君は、強いよ。剣に迷いもなかった。だから、恐れなくていい。君にとって、大義を果たすその時が来れば君は迷いなく剣を振れる。そう僕は思う。そしてその為に大事なことは、ずっと自分を信じていくことだ」



 レリアは人懐っこく笑って、レファの頭に手を置いた。



「ああっと、すまない。よく、兄者がこうして僕を励ましてくれたものだから」

「……いえ、ありがとうございます」



 レファはくすぐったく笑った。自分を信じる事。レファにとっての自分は、この旅をしている自分。コズや、スパーシャの、旅の仲間の無事を願う自分。この旅の果て、その先、未来を知りたい好奇心に、未だ身を委ねる自分。



「僕は、必ず旅を続けます。僕に何かを託した国と、僕自身の為に」

「それでいい。それでいいと、僕は思うよ」

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