第23話 探索

 久しぶりの一人の時間を、コズは中央の塔を散策して歩くことにした。

 国を見て回る事も彼女の興味を刺激したが、なにより石でできた巨大な建物という存在そのものが彼女の興味を一番にそそった。

 コズの客室として割り当てられた部屋は、少しだけレファとスパーシャから離れており、塔の上半分に位置する居室である。白を基調とした内装を見て回ると、初めて目にする鏡に目が留まる。木枠にはめ込まれたそれは地面とは垂直に立っており、コズははじめ、水が中に閉じ込められているのかと考えてその表面を恐る恐る指でつついた。鏡は、コズの予想通りひんやりとしていたが、温度に対する予想に反してコズの指はカツと固い音を立てた。



「すごい、綺麗に映るのね……これ、どうやって作ってるんだろう。うちの国にも欲しいなぁ」



 他にも、コズは部屋を飛び出して塔内を見て回った。

 昨日の内に、使用人から知らされていた利用施設を順々に巡る。

 

 楽しみにしていた食堂では、どちらかというと菜食が多く、コズの好みからは少し外れていた。メニューの中にオオトカゲの文字を見つけると、ここでも食べられることを知ってコズは嬉々としてそれを頼んだが、キカイの国で丸焼きとして売られていたそれとは印象が全く変わって、オオトカゲの足の部分の肉を数切れ香草と共に炒めたものにいくらかの別の料理の付け合わせがついていただけだった。

 それでも料理が美味だったことに違いはなく、満足してコズは食堂を後にする。

 用を足す場所や、身体を洗う場所が性別によって違う事にもコズは驚く。彼女の国と、キカイの国ではそれらが分けられている事もなかった。しかし、思い返してみればキカイの国で与えられた客室では、レファと一緒の部屋で寝泊まりしたものの、レファがあまりこちらを向こうとしなかったことに気付いた。今回に至っても、そもそも客室が別で用意されていることは、何故かは理解できないがそういった事情があるからかもしれないと、コズは頭を捻った。

 しかし難しい事を考える前に、コズはその浴場という場所に思考を全てさらわれてしまった。

 コズにとって、身体を洗うという行為は、流水や冷水を被って汗を流す。もしくは、濡れた布切れで身体を拭う程度の物であったが、その常識は目の前に広がるお湯によって塗り替えられた。



「これ、全部……あったかい? え?」



 恐る恐るといった様子で浴槽に溢れるお湯に手を付けるコズに、湯浴み中の使用人たちは興味深く視線を注ぐ。コズは注目されていることも意に介さず、恐る恐る湯の中に指先を浸し、手を少しずつお湯の中にうずめた。



「ふっ、ふわぁぁ……」



 指先から順に、お湯が肌を包む。体温よりももう少し温かい程度の温水は、コズにとっての初めての快感をもたらす。まるで触れた先から、自らの身体がとろけていってしまいそうなその温度感に、コズは思わず破顔した。

 そして、意を決すると足先からゆっくりとその中に浸けていく。心地よい温かさが足先から順に彼女の身体を包んでいく。コズはそれを楽しむように、ゆっくりゆっくりとお湯に身体を浸けていく。つま先からふくらはぎ、膝、太もも、臀部。身体の下半身をお湯に浸した時点で、自分は一生ここから出ることができないのではないかとコズは幸福な錯覚を起こした。

 それでもその快感に抗うことはできず、尚も身体を沈めていく。腰から胸にかけて、手と腕、鎖骨、肩、首――まで行きかけたところでコズは我に返った。流石に、顔まで浸けてしまっては息ができない。

 コズは浴槽の壁に背中を預けると、思い切り身体を大の字に開いた。



「んあぁぁぁふぅ……」



 他に人がいることも気にせず、コズは盛大にため息をつく。自国に帰ったら自慢――いや、広めようとコズは固く決心をした。

 

 

 

***




 スパーシャは街を歩いた。できるだけ服を着こみ、キカイの身体を露出しないようにして外に出る。

 転移装置だけは使わないと固く心に決め、中央の塔の周りと重点的に歩いた。

 スパーシャにとってこの国の外は中々に心地が良い物であった。鉄臭くもない、油臭くもない、温度も高くなく、過ごしやすい。

 空気は雨が降った後の自分の国よりも更に綺麗に感じることができたし、青い空は本当に蒼かった。それを見て、スパーシャは腕を組んで考えた。



「よく考えたら、これをどうやってサイエに見せればいいんだ?」



 スパーシャは考えた。が、考えるのは得意ではなかった。



「わからん……」



 そのうちスパーシャは考えるのを止めてまた歩き始めた。そういうことは、案外放っておけばわかるかもしれない、と勝手にそう思っておくことにした。

 スパーシャは気の向くままに歩いた。自らの生まれ育った国と、全く違う国の建物を見るのは新鮮な気分だった。

 石や木でできた建物はそれだけで奇妙に見えたし、空を飛んで移動する人々はより奇妙に見えた。

 殆どが高所で暮らしていたスパーシャからすると、道のすぐ横が穴になっていないことだけでも感動を覚えた。

 道は広く、建物は整理されて並び、人は地上と空の両方で活動をしているから、混雑が日常のように発生していない事にも関心を示した。

 路上で子供たちが、手から水を出し合って遊んでいるのを見て、「俺もやってみたい」と声をかけてみたりもした(できなかった)。

 

 そうやって歩いているうちに、スパーシャは街の家と家の間。路地裏に溜まった影に偶々たまたま視線をやった。



「ん……一応、この国にもこういうのはあるんだな」



 それは鉄くずだった。それもすっかり酸化してしまった上にボロボロで、元が何だったかすら判別できないようなものだった。



「…………」



 スパーシャは何とはなく、合掌した。そうしたい気分になったのだ。

 少しの間黙祷をささげて、スパーシャは気を取り直して歩き出した。

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