第21話 急進と保守

「あーー、楽にしてくれ。固いのは苦手なんだ、アタシは」



 女王はそう言うと、玉座に勢いよく座って足を組んだ。すらりと長い脚が露出しレファは少しだけ目を背けた。



「次の旅路の準備だろう。わかっている。準備させよう……そのうちは、城内で好きに過ごすといいさ。あー、国を見て回ってもいい。ようするに、どこでも好きにしてくれ」

「ありがとうございます、恩に着ます」

「まぁまぁ、気にするな。こっちとしてもお願いがあるからな」



 女王は組んでいた足を解き、少し挑戦的な笑みを浮かべて言った。



「うちからは、レモゥを連れて行ってもらいたい」




***




 謁見が済み、三人はレモゥと共にその執務室へと立ち入っていた。レモゥの用意した独特の香りのする琥珀こはく色をした飲み物に口をつけると、レファは少しだけ頭がすっきりと冴えわたったような気がした。



「申し訳ございません、女王は少々会話を楽しみすぎる所がありますから」



 と、レモゥは苦笑する。



「いえ、とんでもありません」

「つってもなぁ、突然あんたを連れてけって言ったのはびびったぜ」

「スパーシャ……ちょっとは礼儀を覚えた方がいいよ、キミ」

「え? なんか悪い事言ったか?」

「口の利き方ってこと。レモゥさんは大丈夫なんですか?」



 コズは、悪びれる様子もないスパーシャをたしなめると、レモゥに伺いを立てた。



「と、いうよりもこれは実は私が望んだのです。元より、この任は誰かが行かねばなりませんでした。王にお声かけて頂いたのは事実ですが、望んだのは私……という事なのです」

「そうだったんですね……でも、わかります。僕も同じような気持ちで、外の世界が見たいという自らの思いでここまで来ましたから」



 レファが頷くと、レモゥは端正な顔に美しい笑顔を作って笑い返した。



「ええ、ですが、気がかりがないと言えば嘘になります――私はまつりごとにおいてもそれなりの地位におりました故、殆どがもう夫と子らにゆだねたとはいえ、気負う部分はあります……すみません、私事をつい」

「気にしないでください。わたしたちも皆、私事の押し付け合いで一緒にいるみたいなものですから」

「僕は押し付けられた側……かな?」

「レファも言うようになってきたねぇ」



 コズが肘でレファのわき腹をつつくと、子を見るような穏やかな表情でレモゥが笑う。

 執務室での穏やかな団欒だんらんをしている中、不意にその扉が二度叩かれた。レモゥは扉に向けて手をかざすと、ひとりでに扉が開く。



「失礼、母上。少しいいでしょうか」

「どうしましたか」



 扉の向こうには黒い髪の青年が立っていた。発した言葉から、レモゥの子であることは三人には容易に想像できた。

 何やら険しい表情での会話を暫く取り交わした後、青年は一礼をして部屋の外へ去っていく。それを見送り、いつの間にか息を潜めていた三人は揃って大きく息を吐きだした。



「失礼しました。我が国のお見苦しい所を」

「何か、争いごとですか」

「えぇ、よその方へお話しする事ではないかもしれませんが――」



 レモゥは悲しみの表情を宿して語り始めた。

 この国は魔法で栄えている。今の世代よりも数世代前に魔法が発見され、様々な研究者及び魔術師によって飛躍的に魔法の力の研究が進められてきた。それはこの国の人々の生活を豊かにし、同時に旧時代の文明を漏れなく淘汰とうたしていった。

 栄華を極める魔法の国。野生による危険も減り、人口も増加の一途を辿っている中、おごった人々によりある政治の派閥が出来たのだとレモゥは語る。

 それは、黒い海のマモノを駆逐せんとする急進派。そしてそれに対する保守派の形成。



「黒い海については、何か……」

「いえ、殆ど不明です。ただ、マモノが棲息しているという事のみが伝聞されています。ですが、我々はそのマモノの姿を見たことがありません。恐らく、国中を囲う強力な結界のおかげだと存じておりますが――急進派の人々は、結界を超えられないマモノ程度、片付けてしまえるのではないかと考えているのです」

「なるほど」



 レファは、確かに一理あるのかもしれないと思うと同時に、その思考回路は危険であると直感的に思った。



「マモノと戦いかぁ……わたしは考えたこともなかったけど、倒せるものなのかな」

「俺も見たことねぇなぁ」

「はい、その通りです。私たちも、その姿を捉えたことはありません。ただ、ただ広い黒い海をそこに見るばかりです。しかし、おとぎ話にもあります通り、そこにマモノはいるのだと、私は漆黒に染まる海を見て思わずにはいられません」

「おとぎ話……」



 レファは呟いた。そして自らの知る話をそらんじる。



 昔々、あるところに綺麗で大きな蒼い宝石がありました。

 その宝石の輝きは絶えることなく、世界を優しく包んでおりました。

 ですが、その輝きを狙う姑息な一人の人間がいました。

 姑息な一人の人間は「これだけ大きいのだから、少しくらい貰ってもいいだろう」と、その宝石を削り取ってしまいました。

 それからすぐのことです。

 綺麗だった蒼く透き通った海は一寸先も見えない程に真っ黒に染まっていき、そこにはマモノが溢れかえりました。

 人々は逃げ惑い、多くの多くの国がなくなりました。

 そうして世界のほとんどは、黒い海の中に沈んでしまいました。



 レモゥは詩を聞き終えると、ゆっくりと頷いた。

 


「この話は、どこでも共通なんだね。わたしの小さな国ですらあるんだもん」

「俺も、小さい頃に親にきかせてもらった覚えがあるな」

「それほど、黒い海は脅威ってこと、だよね。他の話は眉唾物な気がするけど――」

「ともあれ、急進派は姿を見せないマモノなど、どうせ大したことはない。あるいは、我々の魔法であれば問題なく倒すことすらできると考えているのです。そうして、保守派と日々争っております」



 レモゥは嘆かわしいと言う風に首をゆっくりと横に振った。



「確かに、ちょっと怖いですね。それで返り討ちにあっちゃったり、下手に刺激したからってこともありそうですし」



 コズは頷く。



「急進派のいう事も、私にはわかるのです。あの黒い海を、塔の上階から見るたびに不安になります。その不安の心が、彼らをそうさせるのだと思います」

「でも、戦わせたくはないんだろ?」

「はい。胸騒ぎがします。なので、できれば、このままそれが机上での討論のまま終わっていけば良いと感じております」



 レファは俯いた。自らも何度も見てきた黒い海。そこにマモノの姿を見たことはなくとも、それは常に不安の象徴として心の奥底にこびりついている。どうして、あの黒い海を見るだけで不安になるのだろうか。それは、得体のしれない物であるからという解しか、レファは持ち合わせていなかった。



「僕は、どちらの気持ちも確かにわかります。知らない世界があるからこそ、それを明るみに出してしまいたい不安と、知らないからこそ、蓋をしておきたい不安と」

「その通りです。そしてその恐れは、魔法の発展という形でこの国に貢献しているのです。それ自体は悪い事ではありません。ですが――近頃になって、急進派と保守派の間、暗い地下通路のような闇の中で何かがうごめいているようなのです」



 レモゥはそこで大きく息を吐いた。

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