第20話 レモゥ

「ようこそ、おいで下さいました」



 中央の塔で三人を出迎えたのは、長い綺麗な黒髪を持った長身の女性だった。



「おや、大分お疲れになられている様子ですが……」

「い、いえ。気にしないでください……」

「二度と……乗らねぇ……」



 三人は門を離れてすぐ、中央の塔へと向かった。しかし、そびえ立つそれはある程度歩いたところで一向に近づける気配がない。

 歩いていてもキリがないと踏んだ三人は、これだけ広いのだから何か移動手段があってもおかしくはないという判断の元で住民を捕まえた結果、国の至る所にある転移装置の存在を知った。

 いわく、魔法装置で転移装置から転移装置へ瞬間移動ができるとの事。瞬間移動という言葉にピンとこなかったコズとスパーシャだが、レファが知りえた――レファの国ではごく一部の魔法使いが使えたらしい――情報を元に説明をすると瞬く間に目を輝かせて我先にと使いたがった。

 そうして、転移装置を使って中央の塔へとたどり着いた結果が、転移装置酔いである。

 

 

「転移装置を使ってきたのですか……それも、何回も」

「もしかして……あまり頻繁に使うものではないのでしょうか」

「あれは、酔いがひどいですから。国の者は使っても一日に一度というくらいです」

「あの人……教えてくれても、よかったのにね」

「田舎者だと思われて遊ばれたか……あー、頭がグルグルする……」



 コズとスパーシャは未だに気分が立ち直らないようで、まだフラフラとおぼつかない足取りで立っていた。



「すみません、このありさまで」

「いえ、お気になさらないで下さい。一度客室にご案内しますので、ご気分が戻られてからご用件を済ませましょう」



 女性はそう言うと、三人の足取りに合わせて先導した。

 この石造りの巨大な中央の塔は、この国の中心であると同時に王の居城であり、役人や政治の重要人などの生家も兼ねているとの事を女性は道すがら説明した。



「どうぞ、ここでおくつろぎ下さい。また暫くの後にお迎えにあがります。お座り頂けていれば、酔いもすぐに醒めると思います」

「あー……どうも、ありがとうございます」



 力の抜けた声でコズが返事をすると、女性はにこやかに笑ってそっと扉を閉めた。

 三人はソファに倒れこむ。



「あぁ……ふっかふか」

「おおぉ……こんなの俺の国にはなかったな……」



 放っておけば眠ってしまいそうなほどの安らかな顔をする二人と対照的に、レファは興味深そうに部屋を見渡した。

 石造りの部屋に敷かれた絨毯じゅうたんと肌色を基調とした壁紙。おかれている家具は木製が殆どで、棚に置かれた茶器と思しき陶器には繊細な模様があしらわれている。それは、レファにとっては自国の宮城きゅうじょうを思い出すような見た目だった。



「でもよぉ、ほんとーに他の国なんてあったんだな」



 酔いから立ち直ってきたスパーシャが踊る心を隠す気もなく、跳ねるような声で言った。



「他の国の話なんて聞いたことなかったからよ。お前らことも、正直農耕地帯の田舎モンかと最初は思ってたし」

「ははは……」



 悪びれもなく話すスパーシャに、レファは苦笑をする。



「それに、確かに空も綺麗だった。うちの国の、あんな煙だらけの空よりよっぽど素晴らしいぜ……あ、安心してくれよ。ちゃんと最後まで着いては行くからよ。約束は守んなきゃな。ただ、サイエのやつにちゃんとした土産話はできそうだなって、少し安心してよぉ」


 そこまで話すと、スパーシャは少し気恥ずかしそうに頬をいた。

 暫くの間、異国の客室は三人はそれぞれの形で堪能たんのうする。そうは言っても、一間ひとまの客室である。そう時の経たないうちに真新しさは薄れ、次第に飽きがやって来る。

 丁度その頃、客室の扉が外からノックされた事に三人の視線はそこに集中した。



「お待たせいたしました。ご同行願えますか」



 現れたのは、三人を客室へと案内してくれた長身の女性その人だった。



「おかげで立ち直りました。申し訳ありません、早速ご迷惑をおかけしてしまって」

「いえ、お気になさらないでください。さぁ、こちらです」



 促されて、三人は部屋を出て女性の後をついていく。



「申し遅れました、わたくしはレモゥと申します」

「レモゥさん! よろしくお願いします」



 レモゥの名乗りにいち早くしたのはコズであった。



「お綺麗ですよね、レモゥさん。若そうだし。髪の毛も綺麗だし……わたしの国だと黒色の髪の毛って誰もいなかったから。レファも珍しいけど、レモゥさんくらい長い綺麗な黒い髪の毛ってすっごく新鮮っていうか」

「ありがとうございます。ですが、私は子もおりますし、さほど若いわけでもありませんよ」

「子供……猶更すごいですよ! わたしのお母さんなんて、おばちゃんっっ! って感じだったし」

「そういえば、俺の国でもあんまり黒い髪の毛の人間っていなかったな。もうちょい、色素が薄めのやつなら何人かいたけど」

「はい、この国でも、丁度私の代あたりから出始めた遺伝らしく、まだ珍しがられることはしばしばあります――」



 コズとスパーシャの馴れ馴れしい口ぶりにも嫌な顔一つせず、レモゥは穏やかな口調を以て答えた。



「この国では魔法が盛んなんでしょうか」

「はい――盛ん、というよりは主要な物でございます。切っては切り離せないような状況、と言っても過言ではありません」



 三人はあらゆる角度から質問をしながらレモゥの後をついていく。

 初対面でありながらもそこまでやり取りができるのは、レモゥの落ち着いた柔和な雰囲気がもたらせるもの他ではなかった。



「こちらに、王がいます」

「はい、ご案内ありがとうございます」

「いえ、私もご一緒に謁見えっけん致しますので。どうぞ、お入りください」



 レモゥが手をかざすと、重々しい扉は音もたてずに開いていく。



「よく来たね、君たち」



 三人を待ち構えていた王は、レモゥよりもまだ若い、勝気な顔をした女王だった。

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