第18話 出立

 朝方の会合かいごうを終え、スパーシャとサイエが金庫作りに取り掛かったのを見送ってからレファとコズは中層へ出かけた。

 後はスパーシャの準備が出来次第、この国とも別れるのみである。その前にもう一度、国を見て回っておきたいというコズの願いだった。

 二人は露店を巡り、今日もかき氷を食べ、談笑をしながら町を巡った。

 

 

「ね、これどう? 似合う?」

「あ、あぁー、うん。 あぁ?」

「歯切れ悪いなぁ」



 両脇からバッサリとスリットのはいった布切れ――レファにはそうとしか見えなかった――を試着して見せたコズに、レファは直視をせずに答える。



「あー、ほら。僕は鎧を見てくるよ」

「あ、ちょっと! わたしも行くって! ごめんなさい、素敵だったんですけど、やっぱり置いていきます!」



 たまらず逃げ出してしまったレファを慌ててコズが追いかける。

 その後も二人は中層の様々な露店を見て回った。

 もう一度オオトカゲの丸焼きに挑戦し、結局レファはほとんど食べきることができずにコズにそれを引き渡した。

 キカイと二人一組で大道芸をする芸人を、二人で並んで眺めた。

 この国には珍しい、屋内に店を構えた店舗で様々な見たこともない植物を手に取った。



「明日には出発だね」

「そうなるね」



 空が赤くなるころ、二人は上層の欄干らんかんに手をかけて空を見上げていた。強めの風が、二人の衣服をはためかせる。



「次の国はどんなところなんだろうなぁ」

「ここよりも涼しければいいんだけど」

「それは……そうかも」



 夕風を受けながら、取り留めのない会話を交わす。



「レファは、最果てにある国に行けって王に言われたから旅をしてるんだよね」

「そう――だけどそうじゃないよ。それは勿論、旅の理由はそこにあるけれど、僕個人としては外の世界に興味があったんだ」



 レファは視線を下ろし、真っ直ぐ先を見据える。黒い海が視界に入る。



「果たして、僕たちの国の外には何があるのか、何もないのか、それをずっとずっと子供の頃から知りたかった。結果として、外に国はあったし、コズにも会って、こうして旅を続けている」

「わたしもレファが来るまでわたしたち以外に人がいたなんて知らなかった」

「そう、僕たちは何も知らなかった。僕は知らないから、旅をしている。僕は知りたいんだ。僕は知るために旅をしている。それは、王に言われたわけじゃない。僕だけの命題なんだ」

「んー、なんか難しいけど、ようするにいっぱい色々なものを見たいって事だよね」

「ははっ、それでいいかもしれない」



 レファは明るく笑った。



「ね、最果てにある国についたらレファはどうするの」

「それは――実はわからないんだ。王には、そこに行けとしか言われていないから」

「なにそれ。そんなのじゃ旅の目的もわからないじゃない」

「うん、だけど。王も冗談や嫌がらせでそんなことを言ったわけじゃない。そこには何か理由があると思うんだ。だけどそれはまだわからない。だから、僕はそれも知らなければいけない」

「じゃあさ、もっとその後、旅が終わったらレファはどうするの」

「えっ、そうだな……」



 思ってもいなかった質問に、レファは思案顔になった。



「とりあえず、国に戻るつもりでいる。土産話を持って帰ってこいって、友達にも言われてるし」

「そっかそっか。そうだよね。でも、そうなっちゃったらレファともお別れなのかなぁ」

「……そうかもしれないね」



 二人はまた空を眺める。旅が終わり、それぞれの国へ帰りつけばまた国の決まり事に縛られる。国の外に出てはならないという決まり事を、特例として破っているのは今のこの旅があるからという事を二人は理解していた。



「でも、考えてみれば結構重いよね。だーれも出ちゃいけなかった国を出てまで、行かなきゃいけないんだから。わたしなんかは、なんだか軽ーく破っちゃった気もするから、そこまで重い気まりじゃなかったかもしれないけど……一体、何があるんだろうなぁ……」



 レファは空から視線を落とし、自らの右手を見た。そしてその手をゆっくりとペンダントに沿える。レファはそのペンダントに触れると、不思議と故郷を思い出して落ち着ける気がした。



「それを、知りに行くんだよ」

「……そうだね」



 コズは大きく頷いてその場で伸びをした。

 レファは夕焼けの下でもう一度、ペンダントに触れた。夕焼けを受けて尚、そのペンダントは深い蒼に煌めいた。

 

 

 

***




「それでは、お世話になりました」



 レファは深々と王に対して礼をする。



「ああ、スパーシャ。ボクは君に対しては心配することが山ほどある。うん。まず、その乱暴な立ち振る舞い。キカイを壊してしまわないか心配だ。その体はボクがいないと治らないのだから。ああ、そして二人とも喧嘩をしないか心配だ。心配。キミは喧嘩っ早いから。うん、そしてだね……」

「それが今から旅に出る友に言う事か? おい」



 そのかたわら、十二歳の少年たちがじゃれ合うようにして別れを惜しむ。

 レファとコズが国へと入ってきた門より、丁度真反対に位置する門から彼らは出立する。中心街から大きく離れ、農耕地帯となっているこの辺りは、レファとコズの二人には懐かしさを覚えるような風景だった。ここなら、幾分か見上げる空も澄んでいる気がした。


「なぁ、レファ、コズ。お前らの国はここで見上げる空よりも、もっと青い空があるんだよな」

「ああ。間違いない」

「そうか。それは楽しみだなぁ」

「これから行くのは、知らない国だけどね」



 スパーシャはかぶりを振る。



「どこだっていいさ。俺は俺の世界を広げたいんだ。そして……」



 彼はサイエの方を見た。



「それを、この箱入りに教えてやるのさ」

「興味深いね。興味深い」



 二人は手を取り合う。友情を確かめ合うと、サイエは乗っていたキカイから飛び降り、王を一瞥いちべつしてからレファの方へ向き直った。


「記憶するキカイの中なんだが、実はボクも知らないんだ。そう、知らないんだよ。作ったのは紛れもないボクだ。だけど、その中の情報はボクじゃない、王が、王が吹き込んだのさ。この先に何があるのかわからない、ボクは胸騒ぎさえする、そう。うん。だけど大丈夫、君たちを信じているよ。なにせ、かき氷が好きだからね」



 サイエは話し終えるとニヤリと笑う。王はサイエの話にはぴくりとも反応を示さなかったが、じっとレファを見つめていた。

 大きな門が開く。三人はその下を、前に向かってくぐる。次第に門が閉まる。ゆっくりと、その後姿がサイエと王の前から消えていく。



「王、後は彼ら次第なんだよね」

「ああ、私たちにできることは恐らくここまでだ」

「わかったよ、わかった。じゃあボクは、日常に戻るとしようかな。そうしよう。キカイ達に囲まれるそれはそれは幸せな日常にね」


 サイエは笑った。レファとコズを、そしてスパーシャを信じて、笑って空を見上げた。

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