第17話 記憶するキカイ
「ボクの身分に感謝して欲しいね、感謝。うん」
「うるせー、お前の勝手に付き合って生きてやってんだ。おあいこだ」
翌日、サイエはいつも通りの早口で、いつもよりも数段上機嫌にいつぶりかになるスパーシャとの会話を楽しんでいた。
昨日朝の火災事件で仲を取り戻した二人は、そのままその足で謝罪回りをした。スパーシャがこれまでに迷惑をかけた店への――実はスパーシャがいつも万引きをする店は、サイエが裏でその分のお金をやり取りしていたのだが――謝罪回りである。そのお陰で不自然なほどにスムーズに事は運び、後腐れなく晴れてスパーシャは一人前のスパーシャとして改めて大気を吸い込んだ。
「キミが改心してくれてよかったよ、うん、うん」
「そんなんじゃねー。ただ、オマエとの約束をちゃんと思い出しただけだよ」
「それをこの場合、改心って言うんじゃないかな」
サイエは声高らかに笑った。顔を赤くして震えるスパーシャとそのサイエの様子に、レファとコズは思わず微笑んだ。
と、不意に部屋の扉がノックされた。ガチャリと扉が音を立てて開く。
「揃っているだろうか」
王が、部屋へとゆっくりと入ってくる。四人は話すのを止め、視線を王に集中させた。
「まず、レファ。次の旅に備える品だが、後でキカイ達に運ばせておく。確認してくれ」
「ありがとうございます、ご助力感謝いたします」
「礼には及ばない。それよりも、もっと大事な本題がある。君たちには、運んでほしい物がある」
王はそう言うと、サイエに視線をやった。サイエは表情を引き締めると、懐から薄い金属板のような物を慎重に取り出して一行の前に差し出す。
「これは……キカイですか?」
「その通りだ」
レファの問いかけに王は頷く。サイエの手の上にある金属の板は瞳程の小さな大きさだった。この国のどのキカイを取ってみてもそれほどに小さいキカイはなく、用途の分からぬそれの登場に三人は首を傾げた。
サイエはゆっくりと一行の顔を見回して、口を開いた。
「これは、記憶するキカイだ。うん」
「記憶するキカイ?」
「そう、記憶するキカイ。簡単に言うと、情報をその中に詰めこんでおくんだ」
得心しない様子で聞き返したコズに、サイエは言葉を反復して頷いた。
「君たちには、それを最果てにある国まで運んでもらいたい」
王の言葉に、レファは静かに息を飲んだ。自らの旅の目的である、自国の王に示された最果てにある国への旅。その目的に重なるようにこのキカイの国の王はレファに依頼をしてきたのだ。これこそがこの国で自分が助力を得られる原理なのか、とレファは記憶するキカイと呼ばれた金属板を見つめた。
「そしてもう一つ。スパーシャには、彼らの旅に同行してもらいたい」
「オレが……ですか?」
王の言葉に、弾かれるようにスパーシャは立ち上がった。思ってもいなかった言葉に、勢いよく椅子を蹴飛ばしてしまう。
「すみません――でも、何故」
「この記憶するキカイは、非常に壊れやすい物だ」
王に代わって、サイエが話し始める。
「でも、ボクなら、うん。スパーシャのキカイの部分に、これを守る金庫を作ることくらい容易だ。半日、いや、数時間あれば十分だね、うん。十分」
そう言ってサイエはニヤリと笑った。
「私は君の事はよくは知らない。だが、我が国の頂点の技術者が君を買っている。聞けば、君は国の外に元から憧れがあったそうじゃないか。……頼まれてくれるか」
「も、勿論です!」
スパーシャは立ち上がったまま、ほぼほぼ反射的にそう答えていた。願ってもいない、外の世界への切符がそこにある。
「構わないだろうか」
王はゆっくりと視線をレファとコズに向けた。
「わたしは構いませんよ。そもそも、わたしも無理言ってついてきたみたいなものだから、拒否権もないっていうか」
「僕も、旅の仲間が増えるのは喜ばしい事です。それに、そのキカイを守るためにスパーシャ君が適任ならなおのこと拒否する事はありません」
「よし、よし。レファとコズなら、快諾してくれると思っていたよ。いやぁ、かき氷好きに話の分からない奴はいない。そう、いない。うん。さて、問題は、君たちとこのスパーシャが仲良くできるのかということだが――」
サイエは双方を順番に見る。その動きにつられるように、三人はお互いを見やった。
「改めて、僕はレファ。僕の国の王から命を受けて、最果てにある国に向けて旅をしている旅人だ」
「わたしはコズ。んーと、レファについてきた村娘かな?」
「なんだそりゃ。オレはスパーシャ……見ての通りだ」
「可愛くないなぁ、このこの」
「な、なんだお前! 触ろうとするな!」
「あー、照れてる? 男の子だもんね」
「うっるせぇ!」
スパーシャをからかうコズを見て、レファは苦笑いをした。恐らく、打ち解けるためのコズなりの一手目なのだろうが、少々あらっぽいのがコズらしいとレファは内心評価する。
「スパーシャ、旅に力を貸してもらえるだろうか」
「ああ、俺としても願ったりかなったり、こんなに上手く色々いっていいのかってくらいだ。っと、ガキだからって舐めないでくれよ」
「そうそう、スパーシャを子供だからって舐めないで欲しい。例えばほら、ほら。見てくれたまえこの光り輝く無骨な右手を。美しい形だとは思わないか? 思うだろう。ボクはスパーシャの身体に大きな負荷がかからないように考えつつも――」
「そういう話じゃねぇぞキカイ野郎!」
「えぇ! 君の身体のキカイを取りあげたら後数日は語れるくらいなのに!」
声を荒げつつも楽しそうに会話をする二人に、レファとコズは思わず噴き出す。
「おい、何お前らも笑ってんだ。やめろよ、とめろよ! こいつほんとーに話し始めると長いし早いしで意味がわかんねーんだぞ」
「ひどいな、ひどいよスパーシャ。それが友に対する態度か? これから君のキカイの身体に金庫を作るにあたって、全身にボクのサインを入れてやってもいいんだぞ? いや、いれよう、そうしよう」
「悪かった、オレが悪かったよ」
仲の良い少年二人は王の前という事も忘れ、表情豊かに会話する。
二人が会話に夢中になり始めたのを見計らって、レファは王に向き直る。
「して、王。僕はこれを運ぶだけでよいのでしょうか」
「ああ。無事に運んでくれれば、自ずと役割を果たすだろう」
王は力強く頷く。
「じゃあ、どちらかというとわたし達はスパーシャの護衛的な立ち位置になるのかな?」
「いいや、私は君たち全員が無事に最果てにある国に辿り着くことを切に願っているよ」
「ありがとうございます、必ず」
王は温かな笑みを浮かべた。
レファはその笑みを見て、故郷の王を思い出した。各国の王の期待が、自分にかかっていう。レファは言葉で誓うとともに右手でそっとペンダントに触れた。
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