第16話 その手
安心をしたのも束の間だった。消火隊の活動が本格化したその次の瞬間、工場内を吹き荒れる熱風が大きくうねりを上げて突風となり、吹き飛ばした
彼は反射的に抱えた子供をその場に放り投げる。
「スパーシャ!」
サイエは叫んで走り出した。スパーシャの身は大きく空中に放り出され、大通りを外れて下側にある、路地裏のような小さな通路の
「今行く!」
「くんじゃねぇ!」
キカイから降り、作業衣を
「行く! 行くとも!」
「話を聞け!」
「うるさい! お前が話を聞け!!」
サイエは裂けそうなくらいに口を大きく開き、叫んだ。
「ボクは、お前に、青空を見せて欲しいんだよ! こんな所で勝手に死のうなんて思ってんじゃねぇ!」
サイエのかつてない大声に、スパーシャは目を見開いた。それと同時に、掴んでいる部分が軋むのを感じる。キカイの塊である彼の身体を支えるには、錆びついた鉄くずでは強度が足りない。
「サイエ。気持ちは分かるけど、ここはわたしに任せてもらえる?」
「コズ?」
状況を静観していたコズが、サイエが不器用な身体の動きでスパーシャのいる所まで向かおうとするのを見て、その肩を叩いて止めた。
「身のこなしなら、任せてよ」
コズは了解を得る前に
「助けに来ました」
「なんだ、オマエ。俺は死んだって良いんだ。早く戻れ」
「まぁ、今は黙って助けられてよ。じゃないとわたしも一緒に落ちて死んじゃうから。そういうのは、キミの好みじゃなさそうじゃない? と、言うか実はキミ自分で上がれるでしょう」
「……クソが」
***
「コズ!」
「スパーシャ!」
結果的に、二人ともがほぼ無傷の状態で舞い戻ってきた。
コズはすぐにスパーシャの横を離れ、レファの隣に並ぶ。
暫く、無言の時間が続く。
救助が済んだ後の消火活動は迅速に行われ、野次馬の群衆は既に散り散りになっていた。
「……くれよ」
スパーシャは俯いたままに小さく呟いた。
「死なせてくれよ!」
パンッ、と乾いた音が響いた。サイエが平手でスパーシャの生身の頬を打った音だ。
「逃げようとするなよ! ボクに……お前はボクに、この空よりも青い空を探して、ボクに教えてくれるんじゃなかったのかよ!」
「こんな身体でどんな空を見るってんだ、ええ!? 人間でもキカイでもない、こんな、こんな偽りの身体で……! こんな身体を通して見た空に、世界に何の価値があるんだ!」
「お前はスパーシャだろうがよっ!!!」
サイエは力の限り叫んだ。まだ変声期の来ていない甲高い少年特有の声は、それでも凄みを伴ってスパーシャを正面から迎え撃った。
「キカイとか、身体とか、そんな事の前にお前はスパーシャだろう。スパーシャが、その心を通して見る世界に、偽りなんてあるもんかよ……」
サイエはスパーシャの両肩を掴み、嗚咽しながらその胸に崩れ落ちた。スパーシャは立ち尽くした。
自らの胸の中で泣き崩れる親友を見て、スパーシャは自らの両手をそれぞれ見比べた。もう大きくなることはない人間の左手。それでも血の通った、スパーシャの手。無骨な金属でできた、キカイの右手。それはサイエがスパーシャに作ったスパーシャの手。
そして自らの胸で泣き崩れるサイエを、スパーシャはその両手でそっと抱いた。
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