第15話 救出

 明くる日、どことなく慌ただしい空気に肌を刺され、レファは目を覚ました。場内が騒がしい。

 レファはキカイでくみ上げられた水で洗顔をしてハッキリと覚醒すると、手早く身支度を整えて部屋を出た。



「おお、おお。レファ、おはよう。」

「ああ、おはようサイエ。何か慌ただしいみたいだけど」

「何、ちょっとした緊急事態だ。緊急事態。中層の工場で小規模の火災が起きているみたいでね、下層ならともかく、中層だからボクも、そう、ちょっとは出張らなきゃいけない所なのさ」



 サイエはいつも以上に慌ただしく話す。



「わかった。僕もコズを起こしてから行くよ。力になれるかどうかはわからないけれど」

「ああ、ああ。助かる。きっと、救助隊はもう出ているだろうけれど、救助隊ではどうにもならないこともあるかもしれないからね、うん」



 サイエは最後まで言葉にしきる前にキカイを走らせてその場を離れて行った。急がねばならないという事だろう。



「レファ?」

「ああ、丁度良かった。何か事故が起こったらしいから、すぐ支度して僕たちも行こう」



 気配を察知して起き出してきたコズが、レファの言葉を聞いて頷いて部屋に引き返す。数分後には二人は再度集合し、騒ぎの音のする方へと向かい始めた。

 レファは考えた。火災であるのなら、自分の水魔法でも何か役に立てるかもしれない、と。レファの使える魔法はどれも初等教育で学ぶ初歩の物であったが、たとえ結果が焼け石に水だったとしても何もせずに黙って見ているよりは、人を救う方に動きたいというレファの思いの上の行動だった。

 

 中層のその場所には人だかりができていた。どれだけ気持ちがいても、入り組んだ構造のこの国で慣れない二人が目的の場所に辿り着くまではそれ相応の時間がかかってしまった。

 サイエの言っていた小規模の火災は延焼こそしていないようだったが、沈静化もしていない様子だった。



「サイエ!」

「ああ、レファとコズ。よく来てくれた。うん」



 二人は、群衆の最前線で苦虫にがむしを噛み潰したような顔で火事を見つめるサイエを見つけて駆け寄った。



「今、消火班と救助班が活動に当たっている所だ。損害は避けられないが、沈静化はいずれするだろう。うん。うん。ただ、不幸なことに今日は子供たちの見学の日だったらしい、そのせいで、消火も救助も少し手間取ってしまっている。ああ、大丈夫、大丈夫だとも。鎮静に当たっている人間とキカイ達は皆練達の者達だ。心配はいらないさ。きっとね」



 サイエは問題はないと言い聞かせるように話したが、目線は火災の現場から逸らさなかった。何事にも絶対はない。



「ボクがここにいるのは、活動の為のキカイたちに即効性の命令を与えるためだ。恐らく、そろそろ次の部隊が来るだろう。行かなければ、行かねばならない」



 サイエは早口でそう言うとレファとコズの元から離れていく。レファはそれを無言で見送った後、改めて燃え上がる工場を見やる。今、まさしく中で救助活動が行われているのだろう。レファは奥歯を噛んだ。他国のことであり自らは関係がないとはいえ、目の前で起きる惨事に自らの力が及ばないことに歯がゆさを感じた。

 橙色の炎が人々の不安とは対照的に煌々こうこうと燃え上がり、水がかけられては一時的に鎮静化した後にまた燃え上がる事を繰り返していた。一度に多量の水を噴出しては中の救助活動に支障が出てしまうことが影響をして、消火活動はイタチごっこと化してしまっている。

 

 ドン、と不意に大きな音が響いた。それは工場内の何かが爆発した音で、その音に合わせてこぶし大の金属の塊がひとつ群衆に飛来した。群衆は悲鳴を上げてその場を避けようとしたが、狭い通路と押し合う人々で、誰もが思うように身動きが取れない。

 レファは右手をかざし、可能な限りの早口で魔法を詠唱した。鉄塊よりやや大きな水の塊が、飛来するそれに向かって飛び出す。間一髪、レファの放った魔法は鉄塊の持つ熱による蒸発音を上げながら、その勢いを大きく殺した。



「おう、なんだかわからんがナイスだ兄ちゃん!」



 勢いの死んだ鉄塊を、両手で受け止めた青年が笑顔で声を上げた。レファはなんとか目論見通りに事故を防げたことに胸を撫で下ろした。それと同時に、群衆の中で歓声が沸き上がる。



「救助、終わったのかな?」



 コズが声を上げる。見ると、救助隊と思しき面々が子供たちとその引率者をつれて工場から出てくるところだった。



「一段落ついたなら、よかった」



 レファとコズを含め、群衆はその様子を見守っていたが、どうにもまだ様子がおかしい。子供たちは安堵と言うよりは悲しみの表情を浮かべ、引率者と救助隊は口論をするかのように顔を突き合わせていた。消火隊の活動は、依然として延焼をとどめる程度の範囲に留まっている。

 それだけの条件を並びたててみれば、救助活動はまだ終わっていないと見てとれるのは火を見るより明らかだった。

 再び、大きな爆発音が鳴った。

 一度外に出てきた救助隊はなにやら討論を始め、再度突入をしようとしない。上がる火の手が少しずつ広がり、それに伴って消火活動も大規模化していく。

 

 と、不意に群衆の上を飛び越えて一つの影が現れた。影は衣服をまとわず、身体の大半が金属に覆われた、燃えるような赤い髪の毛を逆立てた少年だった。




 スパーシャは飛び出した。

 自らの両親と身体を奪った工場、そこから生産されるキカイを彼は恨んでいた。火災で工場がなくなれば清々するとまで思っていた。だが、この火災に応じて人の、それも子供の命が奪われてしまうことは同じような境遇を辿った彼にとっては筆舌に尽くしがたいほど許せない事だった。

 スパーシャは衣服を破り捨てていた。普段はその、忌まわしきキカイの身体を少しでも隠すために身に着けていた衣服は、火災現場ではかえって邪魔になると踏んだ。

 救助隊の制止の言葉にも耳を貸さず、スパーシャはその横を走り抜ける。燃え盛る向上へ向けて駆ける。



「スパーシャ!」



 事態に気が付いたサイエは友の名を呼んだ。スパーシャはそれには気が付いたが、奥歯を噛み締めて更に足に力を込めた。

 スパーシャは走った。幸いにも、キカイの身体は疲れ知らずだ。しかしそれと同時に、キカイの身体は熱を持ちやすかった。あまりに長く現場にいては、接合部分の金属がスパーシャの生身の部分を焼いてしまうことは容易に想像ができた。

 その事も全てスパーシャは承知していた。忌み嫌うとはいえ、自らの身体となってしまった物である。納得はせずとも理解は進めていた。



「どこだ、叫べ!」



 スパーシャは声を上げた。断続的な工場内の爆発音と燃え上がる炎の音が聴覚を阻害する。工場内は外から見るよりも灼熱の空間と化していて、予想以上の有様にスパーシャは歯噛みした。



「クソが!」



 スパーシャは走った。ただし、明確な道順を以て捜索をした。中層の工場はそれなりの空間を持っていたが、その見学のための道となるとそう沢山あるわけではない。パニックの中で道を外れてしまうことは考えられたが、その可能性をスパーシャは切り捨てた。ある程度のあたりをつけて捜索しなければ、時間が間に合わない。



「よう、立てるか」



 そして、スパーシャは階段の下に蹲る少年を見つけた。生身の左手を差し出し、泣きじゃくる少年の手を取る。



「おい、じっとしててくれよな」



 スパーシャはそのまま少年の身体を左腕のみで抱えた。少年とスパーシャは片手で数えられる程のよわいしか離れてはいなかったが、彼の力はその事実も含めて抱え込んだ。そして、炎の中を駆ける。

 

 数分の後、スパーシャは少年を抱えて燃え盛る工場の入り口に姿を現した。

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