第14話 くすんだ青空


「場所を移そうか」



 個人的な話になる――とサイエは言って、三人は上層の部屋へと舞い戻った。

 サイエはいつもよりもややゆっくりとした速度で語りはじめる。

 スパーシャはサイエと同じよわい十二を数える少年である。この国では度々、キカイを生産する工場で事故が起きてしまうのだが、スパーシャはその被害者の一人だった。物心がつく前からの友だった二人は、同様に年端も行かぬ頃に事故によって両親を亡くした。お互い、両親を亡くした絶望はあれど共に支え合って生き延びてきた。それは、親友と呼べる関係に他ならなかった。



「ボクがそもそも、キカイにたずさわっているのは、初めて作ったキカイの玩具おもちゃを、スパーシャが凄いと言ってくれたからなんだ」



 サイエは柔和にゅうわな笑みを浮かべて、昔を思い出しながらに語る。その当時のスパーシャの言葉がキッカケとなりサイエはキカイの開発と研究にのめりこむようになり、若干十二歳にして国のトップの技術者にまで至った天才児だった。



「スパーシャは、昔言ってたよ。言ってたさ。いつか大人になって体が大きくなったら、この錆臭い国を飛び出して、煙でくすんだ青空じゃなくって、とびきりのあおを見るんだって。国の外なんて、出ることは禁止されてるから不可能なのにね。でも、でも、スパーシャなら、あるいはそれを可能にしてしまうんじゃないかって不思議な期待がボクにもあったんだ。うん、あった。そんな折だった。日銭ひぜにを稼ぐために、キカイ製作の工場で働いていたスパーシャが事故に遭ったのは。そう、事故。事故にね。キカイに挟まれ、右半身と下半身をほとんど失ったスパーシャが奇跡的に、奇跡的に生きていたのは皮肉にもそのキカイが高温であることによって止血ができていたこと、ショックですぐに気を失ってそれから何日も目を覚まさなかったことが幸いをしていたんだ。うん、うん」



 サイエはまるで自らの身に起こった事故のように、右手をおさえながら語り続ける。



「ボクはすぐに取り掛かったんだ。ああ、そう、そうだ。スパーシャにキカイの身体を与えたのボクだ。手術――なのかどうかわからないけど、それは上手く行った。見た目には。うん。事実としてスパーシャは生きていて、ああやって走る事もできる。手がけたのがボクだからね。下層にいる案内のキカイなんて目じゃない。そして、そして、ボクはスパーシャが目を覚ました時に、本当に、本当に嬉しかった。でも、でもスパーシャは違ったんだ。体の大半がキカイになって、もう一生大きくなることの叶わない体になって、絶望した。絶望したんだよ」



 サイエは頭を抱えて慟哭どうこくするように吐き捨てた。



「スパーシャは、人間でもキカイでも中途半端な存在になったと言って、その身体を呪った。自暴自棄じぼうじきになった。なってしまった。ボクはそうは思わってなかった。ただ、ただ彼に生きてほしかった一心だった。うん。でも、彼は違った。スパーシャはその後何度か自殺をはかったさ。その度にボクが止めた、止めたんだ。キカイを使って、彼を見張って。でもボクは彼に死んでほしくない、彼に生きて、そしてスパーシャとしてまた立ち直ってほしいんだ。ほしかった」



 サイエは頭を振った。



「でも、まだ彼はくらい影の中にいる。この国の下層の暗い暗い影のように。死ぬことは諦めてくれたみたいだけど、それから彼は盗みを働いて生きるようになった。なってしまった。ボクのせいで。さっきも、そうさ」



 サイエは表情にかげを落とし、自嘲じちょうしてそう言った。そして大きく息を吐きだすと、一転して力強い口調で話し始める。



「でも、ボクは諦めてない。うん、うん。スパーシャは、生きている。だから、呼びかけ続ければ立ち直ってくれるはずだ、とね」



 サイエはキカイについて語る時のように確固たる思いをもってその言葉を口にする。

 レファは思わず閉口していた。彼らの背負っている物はレファとは方向も種類も異なるが、とても重い物であると感じ入った。それはコズも同様のようで、普段は明るさが取り柄の彼女も語るに適切な言葉が見当たらないという風に、唇を噛み締めて押し黙っていた。


「いやなに、暗い話をしてすまなかった。うん、こちらの事情だ。気にしないで欲しい。それよりも、中層はどうだった? 楽しかったかい? 楽しかっただろう」



 そして、サイエはパッと空気を切り替えるように明るい声色で話題を切り替えた。レファはかける言葉の見当たらなかった自らを内心で不甲斐ふがいなく思いながらも、不用意に立ち入るべき話題ではなかったとして、サイエの切り替えた話題に乗っかる事にする。



「ああ、僕の国では見たことのないような物が沢山あった」

「そうかい、そうかい。まぁ、なにせ、常日頃から新しいモノを生み出し続けてるからね。それはそうだろう、うん、そうだろう」

「かき氷っての、冷たいし甘いしで美味しかったなぁぁ」

「おお、あれを食べたのか。うん、うん。実にいい着眼点だ。あれはボクも大好物だ。特に氷を削っている時のキカイの音がたまらない」

「うーん、わたしはそっちの方面はちょっとわかんないなぁ」

「はっはっ、ボクにしかわからない愉悦ゆえつだね、うん。実に問題ないとも!」



 サイエはいつものように高笑いをし、乗り物のキカイがガシャンガシャンと無機質な金属音を響かせた。


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