第13話 サイエとスパーシャ

 この国はおおまかにわけて三層の構造からなっている――と、王はレファとコズに語った。

 王を含めた貴族階級や機密な研究開発の機関、国の運営に携わる者が集まる以降の階層を上層と呼び、この階層では他の層に比べてキカイ達による騒音が比較的少ない。

 次に、中層と呼ばれる層がこの国の居住区にあたる。居住区と言っても、人々の住む場所だけにあたるわけではなく、様々な商業施設もここに基本的に集約されている。

 最後に、下層が存在する。この国で生産されるキカイ達は大半がこの下層の大小さまざまな工場で生産される。下層の建物は特に混沌としており、人間とキカイが共同で働く中で捨てられた区域もいくらか存在し、そのような場所は貧困層の寝泊りする場所となっていた。

 

 この国の面積を考えたとして大部分は下層にあたるのだが、そこに光を当てればより色濃い影が出てくるのは必至であった。王はその状況を良しとしている訳ではなかったが、具体的な策もないままにその有様を放置せざるを得なかった。

 王はレファとコズにこの国の三層構造である中で、中層に商業施設が集まっているのでそこで時間を潰せばよいだろうことだけを語る。それは下層の暗澹あんたんたる現実に触れない台詞ではあったが、外から来た内情を知らぬ人間に対してそのような状況を一国の王が語らないことは至極当然の事だった。

 レファとコズは、その言葉を素直に受け止めて中層へと降り立った。



「うっ……わぁ……!」



 中層の床に降り立ち、コズは目を輝かせて感嘆の声を漏らした。

 狭い道を行きかう人、人、人。その人が打ち鳴らす靴音と声、様々な商業施設の音が下層から響いてくる工場の金属音を大きく上回って消し去っている。

 上下左右に入り組んだ道が多いこの国では、あらゆる店が建屋としての店構えを持たず、そのほとんどが露店として商売を為していた。

 村と呼ぶに近い状況の国で生まれ育ったコズは、ひしめく人々に感動し、あちらこちらから漂ってくる食欲をそそる香りに鼻をひくつかせ、小躍りするようにそのサイドテールをぶんぶんと揺らした。



「ねぇレファ。これと交換すれば、色々もらえるのよね!?」

「そうだけど、慎重に選ぼう。焦らなくても数日は滞在しなきゃいけないだろうし」



 コズはポケットからいくらかの硬貨を出してレファに見せる。今朝の内に、王から国を見て回る資金として貰ったこの国の通貨である。コズにはお金で物を購入するという概念が存在しなかったが、物々交換に近い行為であるとレファが教えると、存外早くその行為を飲み込んだ。



「そうは言っても、これだけの量があるんだし、回りきれないなぁ」

「まぁ、順番に見て回ろうよ」

「そうね!」



 コズの持ち前の大きな声も、この喧騒の中では丁度良い音量に聞こえた。はやるコズを急がせ過ぎないよう、レファはいつもよりも少しゆっくりと動いて二人で中層を見て回る。

 

 コズは、腕ほどの大きさもあるトカゲの丸焼きを見てそれを買い、嬉々として食した。腹の部分を分けてもらったレファは、それ以上は食べない事を決意し、苦笑いをしながらコズにそれを返した。

 様々な建物やキカイ達が金属でできていることから発達したであろう板金技術や鍛造たんぞう技術にはレファも目を見張った。少なくとも、彼の国では高価であった品質の籠手や脛当てといった鎧の類が在庫処分かのように大量に店先に並べられていた。レファの国では金属類が産出される量も少なく、民間には中々出回らなかったということもあっただろう。

 コズは更に目に新しい食べ物を購入した。それは氷を削り出してその上から何やら液体のようなものをかけただけの簡素な甘味であったが、高い人口密度と籠った熱気で温度の高いこの国では、それは予想以上の感覚を伴ってコズの味覚を刺激した。

 

 

「レファ! これ、これ食べてみてよ! かき氷と言うらしいの!」

「あー、うん。トカゲよりはましっぽい……」

「比じゃないよ! わたしは断然こっちのほうが好きね!」

「つめたっ……あ、甘い……うん、これは美味しい」

「でしょう!」



 店先ではしゃぐ若年の二人を見て、露店の青年は満足そうに豪快に笑って氷を削り出すキカイを労うようにぽんぽんと叩いた。

 二人は尚も歩いた。

 服飾の露店が立ち並ぶ区域に入り込み、コズは目を輝かせる。レファはそこに吊るされた様々な衣服を見て、そして赤面した。この国自体の温度が高いせい――事実、今のレファの服装ではかなり暑かった――で、売りに飾られた衣服は男女用どれも総じて布面積が小さかった。

 コズが嬉々として手に取るそれをレファは一瞥いちべつし、コズがそれを着ている所を少し想像してレファはかぶりを振った。

 

 やがて二人は露店の通りを抜け、人もまばらになった居住区の方へと足を踏み入れた。

 

 

「こっちは人の家があるところみたいね」

「そうみたいだね。引き返そうか」



 二人は顔を見合わせて頷き合い、同時にきびすを返そうとした直後――。



「スパーシャ! またやったのか、君は!」

「っるせぇ、サイエにかんけーないだろ!」



 サイエ、という耳に覚えのある名前と声が聞こえてきて二人は振り返る足を止めた。無言でうなずき合って、声をした方向に足を進める。

 家と家に挟まれた、狭い路地の奥でその少年たちはお互いの唾がかかるほどの近い位置でせめぎ合っていた。



「サイエ?」

「誰――ああ、ああ。レファとコズか。失敬、いやすまない。うん」



 レファがただならぬ雰囲気に仲裁に入ろうと、声をかけるとサイエはぐるりと首を回して落ち着きを取り戻したようにいつもの早口で謝罪をした。



「っ――!」

「あぁ、おい! スパーシャ!」



 それを隙と見るや否や、スパーシャと呼ばれた少年は走り出す。立ち尽くすレファとコズの横を走り抜け、ガシャガシャと音を立てながら並々ならぬ速度で風を切る。サイエは四足歩行のキカイの上から手を伸ばして彼の名を呼んだが、振り向きもせずに彼は曲がり角の向こうに消えていった。

 

 

「すまない、サイエ。邪魔をしてしまったみたいで」

「ごめんね」

「いや、いい。いい。大丈夫だ、おおむねいつも通りさ、うん。とりとめのない、日常の風景だよ。これは、うん。そうだね、そうだ」



 サイエはやれやれといった様子を表して、大仰おおぎょうに首を振って見せた。

 コズはスパーシャが消えた通りの先を見据える。



「ねぇ、サイエ。一つ聴きたいんだけど」



 コズは視線を戻さないままに言葉を続ける。



「彼は、人間――なの?」

「ああ、ああ。紛れもなくスパーシャは人間さ。ただ、言いたいことはわかる、わかるよ。コズ。うん、彼は、そうだね。人間であることに変わりはないけど、身体のほとんどがキカイなんだ」



 サイエはいつも通り早口に、ただし言葉一つ一つを選ぶように慎重に話した。



「そして、彼はボクの大切な友人なんだ」

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